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体験記 〜摂食障害の果てに〜⑩

味覚障害


 救命センターに来てよかったのは、おかゆを出してもらえたことです。この年配の看護師さんが、
「食事は選べますが、食べたい物はありますか?」
 と、初めて尋ねてくれたのです。食事は『これしかない』のではなく、前もって注文ができたのです。看護師さんによって患者への対応が違うのです。もし、病院で困った事があったら、一人の看護師さんだけに頼らず、複数の看護師さんに相談してみることで改善されることもある、とわかりました。
 注文をした時間が遅かったので、この日の夕食におかゆは間に合わず、雑炊になってしまいました。看護師さんに、
「一人では食べられません。手伝ってください。」
 と、お願いすると、
「本当に? 一人で食べられないの?」
 と、疑わしそうに言われました。ついこの前までは、自分でおむすびを食べられたのに、一週間も経たないうちに、スプーンを持つ力すらなくなってしまったのです。そればかりか、体を自分で起こすことも全くできなくなりました。ベッドをわずか三〇度程度起こしただけで、息ができなくなるのです。なぜ息ができなくなるのか、わかりません。看護師さんから、
「もっとベッドを起こさないと、食べさせられません。誤嚥してしまう。」
 と、言われました。でも、それが限界でした。仕方ないので、看護師さんは、スプーンで少しずつ私の口へ雑炊を運んでくれました。私は、それをわずか三、四口食べただけで食べれなくなりました。お腹がいっぱいになったような、とにかく苦しくて食べれなくなってしまうのです。
 家族が私のために、ジュースやどら焼きなど大袋一杯買って来てくれていました。直接会えはしませんが、看護師さんに預けてくれたそうです。私は台の上に置かれたそれらを横目で見るだけでした。何も欲しくありませんでした。コロナの隔離病棟で家族が持って来てくれていたジュースを飲んでみたことがありましたが、甘過ぎて飲めなかったのです。
 入院してから、味覚がおかしくなっていました。コロナに感染したら、味覚障害が起きると聞いた事があります。それかもしれません。とにかく、ジュースが異様に甘過ぎるのです。どろどろの砂糖水のようでした。
 食事も水もほとんど摂らなかったせいで、唇の皮が剥け、ガサガサになりました。看護師さんが、『プロペト』という保湿剤を時々塗ってくれました。私は、そんな風に看護師さんが気を使ってくれるので、とてもありがたいと感じました。でも、声が、囁き程度にしか出せなくなってしまったので、手を合わせて感謝の意を表しました。
 私はここに来ても、一睡もしませんでした。夜、寝る時間がくると、看護師さんが、睡眠薬を配ってきました。
「先生が、『患者さんは全員これを飲むように』と、おっしゃっています。」
 と、言われました。患者さんの中には、夜、眠れなくて困る人が多いのだそうです。私も飲まされました。でも、眠くなるどころか、気分が悪くなって、一晩中、苦しみました。(もう二度と、絶対飲むか!)と、思いました。

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