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小説 『お見通し占い師 上多世綿子』 ③

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「……あんなこ……と?」
「心ない言葉に深く傷つき、追いつめられ、絶望し……多くの人たちが自ら命を絶ってしまった……」

綿子は、目に涙を溜めながら続けた。

「全ての人にとって優しい世界になるといいのにね。ごめんね。大変な事を流々さんに背負わせてしまって……」
「えっ?どうして綿子さんが謝るんですか?」
「だって……私が流々さんにファンみなさんの心を癒すお役目をお願いしたから……」
「お役目……?私が……お願いした?」
「ほらっ!《ラッキーアイテムは、青いワンピース!》」

そんな無邪気な笑顔をしながら騙そうとするのか。
一気に思いが冷めていく。

「何のつもりですか?」
「あれっ?雑誌の占いコーナー……忘れちゃいましたか?ほら!昨日もお参りに来て下さいましたよねっ!」
「SNSに目撃情報でもありました?青いワンピースだってそう。デビューするきっかけになったオーディションに着て行った話は、有名ですもんね。人の弱みに漬けこんで……ううん、一瞬でもあなたを信じそうになった自分がバカみたい」
「ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ……。ミマサカテレビここに来られる途中で、『神様わたしから直接メッセージを聞きたい』とお話されていたからつい……」
「はぁ?」
「やっぱり信じてもらえませんね。みなさん困った時には、『神様……』ってすぐに助けを求めるのに、本当にメッセージを伝えに行ったら、無視したり、怒ったり、ひどい時なんてオバケでも見たみたいに走って逃げていっちゃったり……誰も信じてくれないんだから」

この切なそうな顔や声も演技なのだろうか?

「だから私、占い師としてメッセージを伝える事にしたんです。上多世綿子かみだよわたこって名前は、『神だよ私かみだよわたし』という言葉をもじっているんですよ!」
「これって……詐欺?あっ!洗脳?」
「だからぁ~、う~ん……もうっ!『誰かのお役に立てるように、どうぞお力をお貸し下さい……』」

揃えた右手をそっと心臓の上において目を瞑りながらそう言うと、最後に手を合わせた。

「……どうしてそれを?」
「だから、神様なんですって私!」

そんな事は絶対にあり得ないと思うのに、輝く笑顔、透き通るように白い肌、溢れんばかりの幸福感……思い出す全てが『綿子を女神』だと言っている。
何より、それ意外に気持ちや心の声を見事に言い当てた事を説明する事ができない……

「今まで本当に多くの人たちが、流々さんによって救われてきたんですよ。その人たちは、流々さんがただ生きてさえいてくれたらそれだけですごく幸せなんです。だから、辛かったら仕事を休んだり辞めてもいいんですよ。ただ、どうか生きていて下さいね」

真っ直ぐな瞳で見つめられて、涙が頬を伝っていく。
完全に信じたわけではないのに、抱きしめられたら手をだらりと垂らしたまま静かに目を閉じてしまった。
ゆっくりゆっくり……綿子の優しい声が遠のいていく。

しばらくして目を開けると、綿子がそっと体から離れた。
驚いたのは、心が穏やかになっていた事だ。
それは、まるで何かに守られているような優しくふわふわとした不思議な感覚だった。
  
「川に行ってみてっ!」
「……えっ?」
「子供の頃によく行った川がありますよね」

毎年、夏休みに家族で川に遊びに行っていた。
いつだったか、『流々』という名前はその川が大好きだった母が『流るる』という言葉からつけたのだと話してくれた。

「そこに行ってもらえたら、これからも演じ続ける事ができます!」

優しい微笑みを見ていると、何の根拠もないのになぜだかそうなれるような気がした。


「おかえり」

後部座席に乗り込むと、映見は心配そうな顔をしながら優しく笑い掛けてくれたが何も尋ねようとはしなかった。
シートベルトを締めると車がゆっくりと動き出したので、静かに目を閉じた。

心の中には池があるような気がする。
そこに、心ない言葉が雨のように降り続ける。
大雨ならば水面は大きく揺れるし、例え雨粒1つだとしても波紋ができる。
まるで心に穴があいて、痛みがどんどん広がっていくようだ。
思い出しただけで、段々苦しくなって眉間にシワが寄り肩に力が入り……もうやめて~!と思って、溺れそうになって慌てて水から顔を上げるように目を開けた。
ゆっくりと息を吐きながら、「どうしようか……」と考える。
数時間前に映見に言った「騙されやすいタイプだったんだ~」という言葉が頭をよぎったが、綿子を信じてみる事にした。
車は赤信号で停まっている。

「ねぇ~映見さん……」
「うん?お腹でも空いた?」
「ううん。温泉に行かない?」
「いいけど……今から?」
「そう。山の中にポツンとあるすごく古い宿なんだけど、部屋から川が見えるの」

場所を伝えると、映見は「いいね~!行っちゃお!行っちゃおっ!」と嬉しそうだ。
ちょうど信号が青に変わって、車は自宅とは反対方向へ曲がった。

「わぁ~温泉なんて久しぶりだな~!着替えとか……化粧水とかは……まぁ~途中で買えばいいよねっ!あそこって、何が美味しかったかな~」

映見の楽しそうな独り言が聞こえる。

つづく


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