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小説 『お見通し占い師 上多世綿子』 ④

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7.5畳の縦長の客室へや
障子から朝の光が漏れている。
掛け布団を頭まですっぽりとかぶって眠っている映見に、いってきます……と呟いてそっとドアを閉めた。
赤絨毯が敷かれた廊下を進み、急な階段を降りて誰もいないフロントの前を通って外に出たら空気がひんやりとしていた。
慌てて、昨日量販店で映見とお揃いで購入した黒のパーカーのファスナーを目一杯上げた。 

下ろし立ての真っ白なスニーカーで、ゴロゴロとした石を踏みしめながら川に近づいた。
白い水が勢いよく流れ、木々の葉や岩に生えた苔はまるで抹茶パウダーを撒いたかのような鮮やかな緑色をしている。

「冷たいっ!」

屈んで水を両手ですくってみると、自分も清らかな水の一部になったような気がした。
そっと水を返してから、目を閉じて耳をすます。
ザァ~ァァァァ…………
水の流れる音がテレビの砂嵐に聞こえる。

子供の頃、夜中に目が覚めて眠れないからテレビをつけたら驚いた。
大好きなテレビの世界が消えてしまったと思ったからだ。
翌朝、恐る恐るテレビの前に行くといつもと同じように映っていて、よかった~!あれは夢だったんだ!と心底ほっとした。
そして、いつか『テレビこの箱の中』に入ってみたい!と強く思った。
それからずっと、『誰かのお役に立ちたい!』と精一杯頑張ってきたつもりだったけれど驕りだったのかもしれない。
その証拠に、SNSには『小川流々』の顔や名前を見るだけで不愉快な気持ちになると数えきれない程たくさん書かれている。
でも……それでも……やっぱり誰かの役に立ちたいし……演じたい!

「鳥たちの声に耳をすましてみてっ!」

耳元で綿子の声が聞こえたような気がして目を開けてみたが、どこにもいなかった。
目の前では変わらず豊かな水が流れ、木の葉が優しく揺れ、鳥たちが広い空を滑空している。
もう一度目を閉じて耳をすました。

ピヨピッピッ……ピヨピッピッ……ホーウホケキョ……ルルルルルルル………………

ここは楽園かと錯覚しそうになった。
今まで水の音ばかりに気を取られて気がつかなかったけれど、鳥たちはずっとこうして美しく鳴いていたのだろうか。
そのまま聴き続けた。
そして、ふと……そうか!こうやって生きればいいのだ!と思って目を開けた。
水の流れる音や鳥のさえずりを『癒し』と思うかは、その人次第。
きっと、この世界に『全てみんなに愛されるもの』なんてない。
ならば、攻め立てるごとく大きな音で流れる川なんて気にせず、ただ『鳴きたいから鳴いているだけ』と言わんばかりの鳥たちのように、自分も『演じたいのだから演じるだけでいい』のではないかと思えた。
もう一度……演じられるかもしれない!
一刻も早く映見に知らせたくてすっと立ち上がると、赤い屋根の木造校舎のような宿に向かって急いだ。

【エピローグ】

半年後。
綿子が楽屋に入ると、甘ったるい香りが充満していた。

「ごめんなさいね~。臭うでしょ~」

照子が申し訳なさそうな顔をしている。
いえっ……と首を横に振ると、「いい香りですよね~!」と言いながらくるみがカバーに入った衣装を受け取りに来た。

「小川流々がマスカットの香水をつけているって言っていたから、試しに買ってみたんですよ~!っていっても、高くて買えないから別のブランドのものなんですけどねっ!」
「えっ!流々さん?」

照子が目を輝かせた。

「動画、見ていないんですか~?最近始めたみたいなんですよ~。"小川流々の水着姿"、ちょっとした話題になっていましたよっ!」
「もしかして、マイクロビキニ?」
「まさかぁ~!綿子さんって、意外と大胆なんですねぇ~。ちょっと待っていて下さいね。…………………………えっと~……もうちょっと先だったはずだから……あっ!これです!これですっ!」

くるみがスマートフォンを差し出した。
ワンショルダーの黒いビキニを着た流々が、プールサイドで微笑む写真が紹介されていた。

「25周年のお祝いに、マネージャーさんとヴィラに泊まりに行った時の写真らしいですよ~」
「あら~記念に旅行なんて素敵ねぇ~!それにしても、流々さんの水着姿って貴重よねっ!」
「何か……マネージャーさんとの『約束』だったそうですよ~!他にも色々な話をしているんですけど、すっごく自然体で。小川流々ってこんなに可愛い人だったんだ~!ってビックリしちゃいました~!マネージャーさんが……天然?癒し系?な感じで、それにつられてよく笑うんですよ~!」
「仲がいいから、本来の流々さんの魅力が引き出されたのかもしれないわねっ!」
「いやっ!でも、女優なんでどこまでが素かは分かりませんけどね~。ただ、お金があるとはいえあのスタイルの良さと艶々の肌は努力の賜物でしょうから素直に尊敬しますけどっ。あっ!そういえば久しぶりにドラマに出るって言っていましたよ!」
「えっ!本当に~?」

照子の嬉しそうな声を聞きながら、綿子は流々がお礼参りに来てくれた日の事を思い出していた。
アプリコットの上品なワンピースを着た流々は、希望に満ち溢れた顔をしていた。
いつものように「誰かのお役に立てるように、どうぞお力をお貸し下さい」と言ったので、「そんなに頑張りすぎなくっても、流々さんが幸せならファンみなさんも幸せな気持ちになれるんですよっ!」と囁いた。

「綿子さんっ!」
「えっ?」
「そろそろお支度しましょうかっ!」
「……あっ!はいっ!」
「違いますよ~先生~!今日はお昼を食べてからですよ~!」
「あらっ!そうだったわね。いつもの癖でつい。ごめんなさいね~。お弁当はあちらに……」

照子が示した方に視線を移すと、壁とメイク台の間の僅かなスペースにジャストフィットした折り畳みテーブルの上に、お弁当が2つと500ミリリットルの水とお茶のペットボトルが2本ずつ置かれているのが見えた。

「私、お昼食べてきちゃったんで……もしよかったらお2人で~」
「えっ!いいんですか~?あの~……ドリンクも……」
「くるみちゃん!」
「どうぞ!どうぞっ!」
「やった~!ありがとうございますっ!ところで、食べてきたってカレーですか~?いくら好きとはいえよく飽きませんね~!」
「飽きるよ~!でもお供え物……いやっ!お米や野菜、果物やお酒とか……"頂き物"をカレーなら無駄なく美味しく食べられるからねっ!」
「ふ~ん……何か大変ですね!さてと!どっちにしようかな~」

お弁当を取りに行こうとしたくるみに、照子が「衣装を掛けないと汚したら大変だし、シワになっちゃうわよ~!それに、先に仕事っ!」と声を掛けた。
残念そうに「はぁぁぁ~い」と返事をしたくるみだったが、素早くカバーから総レースのマーメイドワンピースを取り出し壁に掛けると鏡の前の椅子に座っている綿子の肩を揉み始めた。
照子は美顔器を使ってマッサージをしてくれている。

「ゲストの安波彩やすなみさえさんって、今すごく人気のある女優さんなんですってね~!今日も1時半からしかスケジュールが空いていなかったって。さっきくるみちゃんが写真を見せてくれたんですけど、あんなに若くて綺麗でお仕事も順調ならきっと幸せ一杯でしょうね~!」
「先生!どれだけ幸せそうに見えたって、人間1つや2つ悩み事なんてあるものですよ~!小川流々の動画を見ていて思ったんですけど、嬉しい事があれば笑うし悲しい事があれば泣く!当たり前ですけど、有名人も私たちと同じ人間なんですよねっ!」
「そうねっ!くるみちゃ~ん、お支度が終わったらお弁当2つとも食べていいわよっ!」
「私は次の収録の時にカレーを持ってくるね~!」
「えっ!いいんですか~?よく分からないですけど、何か今日はツイてますね~!えへへっ」

鏡には、鎖骨の辺りで軽く外側に巻いた髪を小刻みに揺らしながら笑うくるみの姿やそれを見て微笑む照子の横顔、そして綿子の弾けんばかりの笑顔が映っていた。
 
   
                          完   
                        


最後まで読んで下さって本当にありがとうございました💠
        
                         






















                         








                         




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