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掌編集【夜景点描】


悩める人

来たときには
その首はもがれていた

それさえも気づかずに
見開いた眼は
分かれた肢体を見つめていた

床の上の薔薇は
赤い唇で微笑した


日々の暮らし

君はまだいたのかい?
問い合わせ先からの問い合わせ
タッソーその道は危険だよ

薄明かりに照らされて
闇雲に手を伸ばし
僕は上昇を試みながら下降した
亀裂の先へ堕ちていた

俺の知らない時代であの時は
質量、熱量、重力、逆光
尚も躍動し
尚も脈打つ

右手の薬指 長い爪を切り
偶然抱いた女を思い出す
溜息の中の永遠
脳裏の中の電線

まとわりつく影
現れた、また君か
気づくといつもウシロニイルネ
剥がれた仮面は幼き顔だった

谷底から轟き続ける冷笑
耳もとで囁くクイアラタメヨト

古き倚像が幾星霜を経て

弓をひく…
いたずらな慰めは憂いた笑みを浮かべる
矢を放て…
覚悟してその時を叩くのです

意志は叶わぬものに生を吹き込む
そして人は真実になるのです
真っ暗に拡がる空の下
いつかの真夜中は勝手に語った

長く帯びた時の弛緩
時計が止まった喫茶店
テーブルの上の平らな世界
人のいる時間に油断した陽光
水が注がれたそそり立つ円筒
グラスの中の氷が傾いた
心地よい響きの中で均衡は破られた

そして私は世界を信じた
日常は露わとなった

夕刻間もない頃
暗い影は夜へと指差した


追っての朝

背は照らされて影を生み
歩み寄っては闇に入る

あなたは陽を浴びて影に居り
もたれかかっては闇に散る

求められずも現世の端に弧を描く
透明に浸し灰色に乱す耳障りな衣擦れ
脳裏に絡みつく忌々しい通奏低音

現れたのは滑稽な風船売りだった
生に媚び売り 死に色目を使う

自惚れた亡霊
腐った三文役者
死にぞこないの夢遊病者

時に解けよ
飛び散れ肉片
恍惚の中へ

笑えよ
笑え、高らかに
今宵も月は舞昇る

底割れの夜
所詮おまえは何をも奪えないのだ
それを横目に
わたしは地上の花束に火をつける

記憶の中で陽炎のように鈍く揺らめく
幼子の傷心のように焼きつけられた瞼は
火傷を思いだすように思わず閉じた

過ぎ去る今を時に編む
卑しくならず恐れずに
喜びは知るほどに悲しみ滲む

世界があまりに眩しくて
影ばかりを追っては
夜の底にやってきたのです

今宵も月灯りから漏れる影を 
目を逸らさずに
狩人のように追っていく

夜明けを知らせる銃声で
陽を浴びた鳥たちが
火花が弾けるように飛び立った

追っ手はその光景に朝の歌を託して
はじまりを知らずに目を閉じ眠る
艶やかに産まれた鐘は空一面に駆け巡る


楽曲

まあるいあわぶくふくらんだ
ぶくぶくぶくぶくうみのそこ
おひさまゆらゆらゆらめいて
そらのうえのてのなるほうへ

暗いほこらから突然の陽の光
ぼくは驚いて
言葉もわからず泣いていました

思えば僕らは発光体
君に照らされ 僕が照らす

目を閉じて進めば
気づかずに谷の底
飛んで火に入る夏の虫

闇夜は不思議だ
盲目でもあり
沈黙でもあり
饒舌でもある
心を映す鏡

彷徨う夜の闇
いかにもおまえは
陽のさす処に居場所がない
ならば私がおまえに居場所を与えよう
もっともっと暗く深く根を下ろしておくれ

なんの縁かこの世に生を享け
つぶさな意味を揃えるけれど
すべては一点の暗闇の限りない膨張
終わり始まり繰り返す
気が遠くなるほど繰り返す

身は朽ちて
あなたは忘れ去られ
新たな意味を駆り出して繰り返す
今にもはち切れんばかりの血の鼓動は
恐れることなく躍動を内在する

まだかすかに涼しい風が吹く頃
きれいな水面の上に蛍が泳ぐ
夢ではない
風鈴の音で目が覚めた

生命の発光体

不思議なもので
陽の目を浴びた者は
いずれは目を閉じ闇に帰るのです
恐れることなく楽曲は続くのです

まあるいあわぶくふくらんだ
ぶくぶくぶくぶくみずのそこ
おひさまゆらゆらゆらめいて
そらのうえのてのなるほうへ

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