見出し画像

とあるカップル

午後10時、私は東京での就職活動の用事を済ませ、最寄駅から自宅に帰るため、バスターミナルにいた。バスターミナルはこんな時間には珍しく、多くの中高生と思われる若者で賑わっていた。服装から察するにどうやら近所で祭りがあったらしい。

私は自宅の方向に向かうバス停に並んだ。案の定、その列は祭り帰りの学生で行列ができていた。スマホの充電もほとんどなく、本も持ち合わせていなかった私は最後尾で、昔を懐かしみながらも、周囲の騒音による苛立ちに耐えるようにただひたすらにぼーっとしていた。

数分後、私の後ろに、高校生と思われるカップルが並んだ。案の定、祭りからの帰りのようだった。落ち着きのない彼氏の様子から、そのカップルの初々しさが伝わってきた。そのカップルが私の後ろにやってきて1分経過した頃だろうか。彼女側が口火を切った。

女「もうここでいいから。今日はありがとね」
男「バスが来るまで待ってるよ」
女「いや。大丈夫だよ」
男「ほんとに?最後まで見送るよ」
女「大丈夫だってば。今日はありがとう」
男「でも…」
女「帰っていいよ。ありがとね」
男「うん…じゃあね」

こんな感じだっただろうか。おそらく彼氏はバスターミナルの近所に住んでいて、バスで帰る必要のある彼女を見送りたかったのだろう。この会話の後、男は少々困惑した様子でその場を去った。

この一部始終を見聞きした私は大きな疑問を持った。なぜ、彼女は彼氏を帰らせたかったのだろう。せいぜい、バスを待つ時間など10分程度である。また、イベント帰り、少しでも一緒に長くいたいというのがカップルの自然な感情だと思う。おそらく、彼氏も彼女を思って、また、自身のまだ一緒にいたいという欲望を満たすために一緒にバスを待つという選択をしたかったのではないだろうか。しかし、彼女はその思いを突き放した。同じ体験をした恋人は必ずしも同じ感情を抱いているわけではない。また、気遣いは時に相手を不快にさせること、その結果自身も気づつけてしまうことを学んだ。

それにしても、なぜ彼女は頑なに彼氏をその場で帰らせたかったのか。恋愛は難しい。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?