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小説 さいかい Ⅰ

 気がつくと見覚えのない景色が広がっている.
森にいたはずなのに,木々は一切見えない.あたりはクローバーが地平線まで広がっていて目の前には神社の前にあるような大きくて仰々しい扉が閉まった状態で立ちふさがっている.

「来てしまったのね」
 澄んだ女の人の声が聞こえた.
 声の方を見ると,夢で見たきれいな女の人がこちらを悲しい目をしながら見ていた.
「ここはどこですか?」
「ここは境目,もう戻ることはできないし,行くこともできないの.ごめんね」
 突然謝られた.女の人の口調は優しく,とても自分を危険な目に合わせるような人では無いと直感で理解する.けれど,言っている意味はまったく理解できない.
「ここは生と死の狭間の地,あなたはここに入ってしまった.一度,入ってしまえば,もうこの地から抜けることはできない」
「ということは僕はすでに死んでいて,それにあなたが関わっているんですか?」
 隼人の記憶では本で調べた場所を探して歩いていただけのはずだ.ということは歩いている内に,なにかあった可能性が高い.そしてこの女の人の悲しそうな顔を見たところ,この人が何かしら関わっているのだろうという考えに至たった.
「半分正解で半分不正解」
「君は死と生どちらでもあり,どちらでもない.でもこの場所に閉じ込められたのは私の力のせい」
 少し言葉足らずだが,どうやら自分は神隠しのようなものにあっているのだろう.
「それじゃあ,あなたはいったい何者なんですか?」
 この女の人が人では無いことはわかりきっている.
「私はあなたたちの間では妖狐と呼ばれ,恐れられていたわ.そういう存在」
 話を聞いて少し納得した.この人は妖だから自分をここに連れてこれたのだろう.
 ただ,それよりも一つの可能性が隼人の心の中で大きくなっていく.
「僕の妹も,ここにいますか⁉」
「いる.そして君は妹を助けることもできる.上手くいけばね」
 女の人の言葉を聞き,心が震える.ついにたどり着くことができたのだ.
「ようやく会える」
 あまりの喜びに声が出てしまった.しかし,上手くいけばという言葉が引っかかる.
「どうすればここから妹を連れて出られるんですか?」
「この境界が生まれた原因を暴きなさい.そうすれば全てが開放される.ただし,チャンスは一度きり,間違えれば終わり.きっと扉の先にいる子たちが力を貸してくれる」
 閉じた扉の方を指差しながら女の人が説明した.
 これから鶴の恩返しみたいに,この人が自分たちをここへ閉じ込めることができた能力を暴けばいいということなのだろう.慎重にならなくてはいけない.k

「最後にあなたの名前を教えて下さい」
少しでも情報を聞き出すため隼人は問いかける.
「私が怖くないの?私の力であなたはここに閉じ込められたのに」
「怖くはないです.むしろ優しい,と思いました」
 嘘じゃない.この人からは敵意は全く感じられないし,それどころか言葉の端々から優しさを感じた.
「本当に,よく似てる.なんで,来てしまったの」
 女の人が出会ってから一番悲しい顔をしている.
「もし,あなたも囚われている人を開放したいなら,力について教えてください!」
 このチャンスを逃すまいと隼人は交渉を持ちかけた.
「私は美月.力の方は…ごめんね,理のせいでほとんど教えることはできない」
力は美月さん自身でも制御ができていないようだ.
「あと,あなた達が開放されるためにはあなたがなぜここに至れたのか私に話さなければいけない.それが契になる.そして失敗すれば,あなたはその過去ごとこの場所にとらわれる.私が伝えられるのはここまで」
美月さんが申し訳無さそうに話してくれた.やっぱりこの人は優しい人なんだとわかる.
「教えてくれてありがとうございます」
「僕がここを見つけれたのは1年前から見ていた夢のせいです」
 迷っていても仕方がないので経緯を話すことにした.

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