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チョコっと? 親ばか

 少し前の娘との会話。
「バレンタインデーってなーに?」
「好きな人にチョコをあげて、好きって気持ちを伝える日だよ。誰かあげたい人いる?」
「スーパーのおじいちゃんと、電気屋のおじいちゃんと、車のおじいちゃんと、コンビニのお姉ちゃんと、化粧品屋のお姉ちゃんとお姉ちゃん」
「(ん、幼稚園のお友達は挙がらないのか)そっか。じゃぁ、チョコ買いに行こうね」


 近所付き合いなどのコミュニケーションが薄くなったと言われて久しい。私はマンションに住んでいるが、同じフロアの人は最低限名字くらいは知っている程度で、それ以外となるとエレベーターで乗り合わせて挨拶する程度の距離感だ。
 町中のお店もそうだ。商店街や個人商店は潰れ、大型店やチェーン店ばかりでマニュアル接客が当たり前で、最近は無人レジにも慣れてきた頃だ。そこに人情はない。
 子供同士のふれあいも、マスク越しの会話とコミュニケーションでは伝わるものもフィルターにかけられてしまう。超えちゃいけない、超えられない距離がここにもある。

 でも、娘はその距離をやすやすと飛び越える。私の子と思えないほど人懐っこく、誰とでもすぐに仲良くなろうとする。ウィリアムズ症候群を疑うほど、愛想と愛嬌と笑顔を振りまく。振りまきまくる。
 見るからにアッチ(どっち?)系のおじさんやら、ノーマスクでオラついてるあんちゃんなんかにも積極的だし、公園で初めて会った子供は全員お友達認定してすぐに絡みだす。中学生までは全員お友達。
 物販店では自分でレジに商品を持っていき「ください」と言うし、飲食店では帰り際に「ごちそうさまでした」をかかさない。気に入った人には「またねー」と言って手をふる。
 みんなニコニコになる。

 そんなこんなで、娘を認知している(と、私や妻が感じている)人はこの街に多い。娘の挙げた電気屋のおじいちゃんと車(ガソリンスタンド)のおじいちゃんに関しては、その店で買い物すらしていない。通りすがりに挨拶をしているだけの関係性しかない。にも関わらずお互いに認識しあって、もう2年近くの付き合いになる。
 

 チョコを準備して、2月14日。
 私の仕事がちょうど休みだったので、親子3人でチョコを渡しに行くため街へ繰り出した。

 車のおじいちゃんと電気屋のおじいちゃんに、自分のカバンからチョコを取り出し、恥ずかしそうに手渡す娘。大喜びするおじいちゃん、それを見て大喜びする娘。その風景を見てニヤつく我ら夫婦。


 次は、妻がよく行く化粧品屋のお姉ちゃんズ。妻に連れられて通ううちに可愛がられるようになったらしい。妻が一人で行くと、露骨にガッカリする程度に気に入ってくれているとのこと。
 残念ながら一人はお休みで、もう一人はお客さんを接客中だったため手渡しができなかったが、もはやアイコンタクトだけで通じ合える仲らしい。一瞬見つめ合って、別の店員さんにチョコを託して去ろうとした。のだが、お姉ちゃんが接客しているお客さんを放り出してこちらへやってきた。おい、仕事。
「来てくれると思ってたから、わたしも用意してたの、ど〜ぞ」
 そんな馬鹿な。どれだけ厚い信頼関係なんだ。普段買い物している妻にではなく、娘のためのアンパンマンのペロペロチョコ。
 流石にこれ以上滞在するのは迷惑になるので、「え、お姉ちゃんもボクのこと好きってこと?」と、能天気にはしゃぐ娘を抱えて店を出た。ちなみに娘の一人称はボク。


 ペロペロチョコを持ちながら嬉しそうにしている娘を、今度はスーパーに連れて行く。目的はレジのおじいちゃん。
 ついでなので必要な物をカゴに入れて、わざわざ長蛇の列のおじいちゃんのレジに並ぶ。

娘を視認しニコニコになる、おじいちゃん。
チョコをカバンから取り出す、娘。
カゴの商品をスキャンし終える、おじいちゃん。
チョコを差し出す、娘。
チョコを受け取り、
バーコードがどこにあるか探す、おじいちゃん。
バレンタインデーだよ、と娘。
いいねーチョコあげるんだね、とおじいちゃん。
バレンタインデーだよ! と娘。
バーコードが見当たらず焦る、おじいちゃん。
ハッと気付く、おじいちゃん。
ニコニコする、バカ親子一同。
ニコニコする、おじいちゃん。
(後ろに並んでいたおばあさんもニコニコだ)


 最後はコンビニのお姉ちゃん。店内に見当たらなかった。残念、お休みだね。と、娘に話しかけると、「今日は月曜日だからいるはず」と豪語する娘と、この時間ならいるはずと同意する妻。これがチョコを渡す女子の執念か。
 売場をキョロキョロする我々を見ていた「出来る東南アジア系店員」と私があだ名を付けているお兄ちゃんが事務所に入っていき、目的のお姉ちゃんを連れ立ってきた。彼のあだ名に「洞察力高め」が追加された。

 娘からチョコを受け取ったお姉ちゃんは、「ちょっと待ってて!」と言って店内入口付近の催事コーナーから馬のロゴのド定番チョコのセット品を持ってきた。レジは通していない。
「わたしもあなたの事が好きだから、これあげる」と、手渡された。
「よかったね。お礼言おうね」と、私。
「受け取れないですー」と常識人レベルの高い妻。
「お姉ちゃんもボクのこと好きなのー?」と、さっきも聞いたセリフを言う娘。
「大丈夫です。受け取ってください」と、お姉ちゃん。
ニコニコしながらやり取りを見守るコンビニのオーナー。(娘はオーナーとも仲良し。ただし、チョコの用意はない……すまん!)
他の客のレジをしながらチラチラこちらを見る視線。洞察力高め、お前もか。


 チョコ行脚を終え帰宅。帰宅後は風呂に直行が我が家のルール。今日の入浴のお供は私が選ばれた。
 娘の髪と身体を洗って、自分を洗ってから湯船に浸かるのが一連の流れなのだが。
「お父さん。今日はボクが髪洗ってあげるね」
「どうして?」
「ボク、お父さんにチョコ用意してなかったから。代わりに髪洗ってあげるの」
 ニコニコになる、親ばかであった。


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