働きがい・地方創生・学校教育。蔓延る社会課題を解決する「スポーツ創作」の力:『スポーツの価値再考』#008【前編】
『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく対談企画。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。
第8回の対談相手は、世界ゆるスポーツ協会代表の澤田智洋さん。世界で20万人以上が体験した新しいスポーツ、「ゆるスポーツ」。日本が抱える社会課題へのソリューションとして、今「ゆるスポーツ」が注目されています。スポーツの新しいカタチを創造する澤田さんとの対談を前後編に分けてお届けします。
日本人の半分が隠れマイノリティ?「医学モデル」から「社会モデル」への転換。
辻:これまではスポーツの「中」で活躍するアスリートを中心に対談をしてきましたが、今回のゲストはアスリートではなく、新しいスポーツをゼロイチで生み出す、いわばスポーツの「外」で活動をしている澤田さんです。
澤田:よろしくお願いします。僕は広告代理店に勤めているのですが、ただ「広告を作る」だけではなく、「広告がもつ力」をもっと広い範囲で社会に役立てたいと考えて「スポーツを作る」活動を始めました。
辻:どうして映画や本ではなく「スポーツ」から始められたのですか?
澤田:元々僕はスポーツと最も縁遠い人間で、大嫌いだったんですね。そんなときに息子が視覚障害を持っていることがわかって、このままだと僕も息子もスポーツと縁のないままになってしまうと思い、僕たち「スポーツ弱者」が親しめるスポーツを作ろうと思いました。
辻:「スポーツ弱者」ってのは澤田さんの造語ですよね。
澤田:「スポーツが好きでない人」も一種のマイノリティだと僕は考えています。身体障害者、LGBTQといったカテゴリは認知されていますよね。でも、スポーツに恐怖心や嫌悪感を抱いて、体育の授業以降日常生活でスポーツに全く接していない「スポーツ弱者」は日本人の50%を占めるにも拘らず認知されていません。これも日本が抱える重大な社会課題だと僕は思っています。
安西:「スポーツ弱者」へのソリューションとして、新しくスポーツを作ってしまうところが革新的だと思います。
澤田:スポーツに親しみを持てない原因は、当事者自身ではなく、スポーツそれ自体にあると僕は考えています。当事者自身を変化させてスポーツに馴染ませるのではなく、スポーツ自体を変えてしまおうと思って生み出したのが「ゆるスポーツ」でした。
福祉の世界にある、「医学モデル」「社会モデル」という概念モデルを参考にしています。
◆医学モデル
障害や不利益・困難の原因は目が見えない、足が動かせないなどの個人の心身機能が原因であるという考え方。
◆社会モデル
障害や不利益・困難の原因は障害のない人を前提に作られた社会の作りや仕組みに原因があるという考え方。
社会や組織の仕組み、文化や慣習などの「社会的障壁」が障害者など少数派(マイノリティ)の存在を考慮せず、多数派(マジョリティ)の都合で作られているためにマイノリティが不利益を被っている(中略)と考え、社会が障害を作り出しているからそれを解消するのは社会の責務と捉えます。
(参考:公益財団法人日本ケアフィット共育機構)
「顔借競争」で働き方改革?
辻:スポーツ弱者を立脚点に作った「ゆるスポーツ」ですが、社会ではどんな影響がありましたか?
澤田:たくさんありましたね。たとえばテクノロジーのマーケティング。日本の企業が持つテクノロジーって世界でもトップクラスに多種多様なんですね。テクノロジーの多様性を示す「経済複雑性」という指標で日本は90年代以降ずっと世界1位です。
ただ現在大きな課題となっているのが、世界随一のユニークなテクノロジーが全く認知されておらず、社会に活かされていないこと。そこで企業と提携して、テクノロジーを用いたゆるスポーツを作りマーケティングすることにしました。例えば「顔借競争」というゆるスポーツは、世界1位の精度とスピードを誇るNECの顔認証技術を用いて、いかに自分と似た人を、早く見つけられるかという借り物競走です。
「顔借競争」の様子
(画像をクリックするとHPに遷移します)
ゆるスポーツを作ることによって莫大な利益が上がることはありませんが、スポーツは形として残るし、みんなに楽しんでもらえるものなので、認知を広げながらブランディングできるんですね。
辻:企業の方達にとっても、マーケティングのためにスポーツを作るって取り組みは新しいし、楽しいだろうね。
澤田:そうなんです!もともと日本って働く人のエンゲージメントが世界でもトップクラスに低いんですよね。課されているミッションが「売上前年比1%増」みたいな、全く火がつかないものばかりなので。
一方「スポーツを作る」って取り組みは、自分たちの技術を使ってダイレクトに社会課題を解決できて、かつマーケティングにも繋がる仕事なので、課題に飢えた優秀な方達がここぞとばかりに注力してくれるようになりましたね。
辻:なるほどね。「働き方改革」なんて言葉が人口に膾炙しているくらい、日本人の仕事に対するエンゲージメントの低さは社会課題となっていますよね。ゆるスポーツは、スポーツ自体も社会課題解決になるし、ゆるスポーツを生み出すプロセスも社会課題の解決につながるんですね。
「体育」から「ユニ育」。ゆるスポーツが変える学校教育のあり方。
澤田:この「ゆるスポーツ作り」は他の分野の社会課題解決にも役に立っています。それが地方創生と学校教育です。
地方創生って観点だと、せっかく特産品とか名物があるのにマーケティングされておらず、そもそも全く認知されていないという課題がありました。だから、市役所の職員や福祉施設・農家など地域住民の方達といっしょにゆるスポーツを作って観光PRに活かしました。これも作るプロセスに価値があって、地域住民の方達の関係性も構築されるし、頭と手を動かすからクリエイティビティも刺激されて一石二鳥なんですね。PR効果もあるから「一石三鳥」と言うべきかもしれません。
富山県氷見市と共同で開発した「ハンぎょボール」のプロモーション
安西:地方自治体が抱える「過疎化」「高齢化」といった課題に対して、ゆるスポーツを通してアプローチできるんですね。
澤田:地方では自治体だけではなく学校教育の現場にも出向いて「ユニ育」と名付けた単元を導入しています。
辻:「ユニーク(unique)」ではなく「ユニ育(ユニイク)」なんだね。
澤田:これ「体育(タイイク)」とかけてるんですね。
安西:なるほど!面白い!
澤田:「ユニ育」では、生徒一人一人が「自分が世界チャンピオンになれるスポーツ」を創作します。自分自身が勝てるスポーツを生み出すために、中学生が自分のSWOT分析をして、強みや弱み、脅威となるものやチャンスについて深掘って考えるんですね。地域の特産物を使ってみるのもありだし、ゼロイチで生み出しちゃうのもあり。ネーミングまで自分で考えるから、とにかくクリエイティビティが求められて、創作の過程でユニークネスが爆発するんですね。
辻:現代の学校教育に一石を投じる取り組みですね!「ユニ育」授業によって、より個性を伸長する学校教育は実現できそうでしょうか。
澤田:ゆるやかに変化を生むことは可能だと思います。「保守主義の父」エドバンド・バークも語っていますが、じわじわとした取り組みの方が確実な変化を社会にもたらせると考えているので。教育産業や学校から協力してくれる人を募って、教育委員会ならぬ「ユニ育委員会」を発足したり、指導要領的な「ユニ育」カリキュラムをまとめたり、漸進的に進めています。
価値ある体験のキーワードは「身体知」
辻:学校教育の文脈だと、澤田さんの息子さんも7歳でちょうど学校に通われていますよね。ゆるスポーツを実際に体験されたりしていますか?
澤田:息子は今盲学校に通っているのですが、「コツコツ!点字ブロックリレー」というゆるスポーツが好きですね。目隠しをして点字ブロックを頼りにリレーをするんですけど、圧倒的に視覚障害者の方が強いんですね。
安西:ゆるスポーツがスポーツ弱者を起点にして作られているってことが分かります。スポーツ弱者だからこそ持つ武器があり、その武器を活かしてアスリートにも勝ってしまうという。
澤田:本当にその通りで、僕たちは点字ブロックを活用できないだけじゃなくて、点字ブロックにどんな種類があるのか、視覚障害者にとってどれだけ点字ブロックが重要か、知ってすらいないんですね。ゆるスポーツを通して僕たちは身体障害者への理解が深まるんですけど、もし「点字ブロックについて」と教科書を作って読んでもらっても、どうせすぐ忘れられると思うんですね。
実はここもユーザー体験をこだわって設計していて、「Feel First, Learn Later.」を心がけています。
安西:教科書などほとんどの座学は「Learn」に留まって「Feel」がないですよね。
澤田:まず見て触って、感じてもらう。そこから背景や意義について学んでもらうと、より深く理解することができます。ゆるスポーツは「Feel First」にぴったりなんです。
安西:身体を動かして試行錯誤しながら理解するから「身体知」になるんですね。
辻:身体知、つまり身体に根付いた知識・経験というのは、単なる「情報」と違って大脳辺縁系に根ざしているからより深い理解に繋がりますね。ここは感情を司る器官で、「コツ」「感性」とも関係しています。
プロフィール
澤田智洋(さわだ ともひろ)
世界ゆるスポーツ協会代表。
1981年生まれ。大手広告代理店にてコピーライターとして活動しながら、「スポーツ弱者を、世界からなくす。」という理念のもと、2016年に「世界ゆるスポーツ協会」を設立。90以上の新しいスポーツを開発し、世界中で延べ20万人以上が体験。コロナ禍でも「ARゆるスポーツ」など、スポーツの新しいあり方を提示し続けている。
本職のコピーライターとしては、映画「ダークナイト・ライジング」のコピーや、義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」を手がける。
著書に『マイノリティデザイン』『ガチガチの世界をゆるめる』など。
Twitter:@sawadayuru
note:@sawadakinou
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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