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教師は感情労働なのだろうか。そうするべきなのか。

不図不図、疑問に思った。

学校の先生、小学校、中学校、高校などの先生は、感情労働をしているのかという疑問だ。

以前にも、「ヒーローは「感情労働」か?:僕のヒーローアカデミア」という記事で、考察したことがあるのだが、この記事では新たに学んだことも加えて、考察したいと思う。

では、そもそも「感情労働」とはなにかについて見ていこう。

工場労働者は「肉体」を酷使されるが、現代の接客,医療・福祉,教育などの対人サービス労働に従事する労働者は「心」を酷使され、何ほどか客に「心」を売らなければならない。(藤村正之、2007、298)

社会学にある「感情労働」は主にこのような説明である。つまりは、「心」を経済資源として、つまり売り物・サービスの一つとして使っているということだ。

さてここで、「教師」はどうなるだろう。彼らは一応は公務員ではあるが、同時に労働者であることには変わりない。

労働者、そして感情労働という観点から見た場合、「教師」はどのように映るのだろうか。考えていこう。

教師は、生徒に授業をおしえるだけでなく、生徒を心を通わせたり、生徒を指導したり、もちろんそれ以外にも事務的なことをしなければならない。さらには部活動の担当も担わなければならない時もある。結構というか、極めて大変である。

ここで注目したいのは、「生徒を心を通わせること」だろう。これは「労働」という観点から見れば、ある意味では特殊な状況だ。自分の心を使い、生徒を親身に接する、生徒のことを大事に惟うことは、教師側の働く事だたり、心や感情の自由という観点から見ると、どうだろう。

私はこれは、ある意味で、感情が不自由であるか、労働や仕事という活動や教師という役割に傾倒というか、とらわれすぎていると思うのだ。キャビンアテンダントや他のサービス業の様に、心を切り売りしている職業と、何が違うのだろうか。

と考えていくと、あることにたどり着く。

それは、これは労働や仕事が、辛かったり、感情を使うべきではないという想定に基づいているということだ。でも確かに、誰もかれもが、自分の好きな仕事に就いていたり、積極的にその仕事に就いているとは言えない人もいないとは言えない。

この領域に踏み込むと、あと五記事くらいはかけてしまうので、一旦置いておこう。

さて、先ほどは教師は、心を切り売りする感情労働ではないかと言った。でもこれは、教師側が彼らのしごとを、いわゆる「労働」として捉えているかどうかで異なって来る。もし労働として捉えていなければ、わざわざ感情労働をしているとは言い切れない。一方で、僅かでも教師業に嫌気を感じていたならば、それは感情労働を云えるかもしれない。

確かに、教師という職業が、十把一絡げに「感情労働」であると言いきることは出来ないということが分かった。

しかしながら、「労働」として捉えていないという場合でも、それが必然的に「感情労働」ではないというのは、どうも違和感がある。どんなに子どもが好きであっても、生徒のことを思っていたとしても、仕事をしている時とそうでない時に全く違いがないというわけではないだろうし、もし違いがなかったら、それこそ「感情労働」だろう。

さてここでまた注目したい問題は、「労働」と「余暇」という二項対立だ。先ほどから書いている「感情労働」は、この「労働」と「余暇」という二項対立を犯していると言えるのではないだろうか。本来は、余暇という時間において存在する感情や心の動きが、労働という時間にも現れているのだから。

そしてこの労働が終わっても、依然労働の時の態度や意識を保ってしまうのが、「感情労働」における最終形態、ある意味では病気ともいえる状態だ。

もし教師が、労働の時間が終わっても、先生という役割を放棄できないのなら、それは大問題だろう。

「労働」と「余暇」という二項対立が無くなりかけている今、(特にテレワークなど)ワーケーションという「work」と「vacation」という概念が組み合わさったも出てきている。働きながら休むとか意味わからんし。

この二項対立が、感情労働とどのようにかかわって来るのかと私はさらに疑問に思った。

と、結構話題が逸れたしまった。前述の話題に関しては、また別の記事で書きたいと思う。

さて

教師は感情労働であるか。ある意味では、感情労働でると言えるし、そうでないとも言える。

そしてもし、感情労働でないと決めつけるならば、ある意味で教師は必然的に感情労働的な活動であるが、教育という状況で、子どももかかわるから、感情がどうとかはどうでもいいので、感情労働でないと言えるかもしれない。(少し極端かもしれいなけれど)

分かりやすい答えが出るとは思っていない。出そうとも思っていない。

だが、考えることは必要だ。




今日も大学生は惟っている。




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