【小説】Bar logosにて

「なぜ、こんな暗闇の中サングラスを?」

僕は、左側に一席置いて座る男に、そう尋ねた。
酔いが回っていたわけでもない。此処で誰かに話し掛けることなどほとんどないのに、どういう訳か、気付けば言葉が滑り出ていた。

「見たくないものを見ないためですよ」

左に座る男は、カウンターの上で組んでいた十本の指をゆっくりと組み替えながらそう答えた。
男が答えると同時、アンティークの柱時計がボーン、と鳴る。深夜一時を告げていた。

「見たくないものとは?」

重ねた質問に、男はこちらにゆっくりと顔を向けた。
まるで、今はじめて僕の存在に気付いたかのようだった。
そして、薄く微笑んだ。が、サングラスに覆われた目元は全く見えない。微笑んだ、のではなく、口唇の右端を若干引き攣らせただけかもしれない。
濃いサングラスに目深に被ったツイードのハット。
怪しい雰囲気を漂わせている。ますますもってどうしてこの男に話し掛けたのだろうかと、数分前の自分を不思議に思う。

「……あなたは、おもしろい方ですね」

男の声は、闇深くから立ち上ってくるコントラバスの音色のようだった。身体の芯に重く低く響く。暗く澱んだ響きを纏う。
それでいて、こちらの全身を包み込むようなやわらかさをも併せ持つ不思議な声だった。聞いていると安堵感を覚える、そんな声だ。
注意深くこちらを窺う男は、今度こそ確実に微笑んでいる。

「私が今のように回答し、さらに会話を続けようとする者はほとんど、と言っていいほどいません。そのほとんどは、首を竦めたり、視線を曖昧にそらしたりなどして、後に続く言葉を見つけようとはしませんよ。それ以上聞きたくないのでしょう。ところが、あなたは迷いなく、お聞きになった。あなたが先の言葉を発するのに〇.七秒…といったところでしょうか。実に迷いがない」

意外にも饒舌な、男の口唇の滑らかな動きを目にとめながら、僕は“しまった”と思っていた。
やはり。何だか面倒くさそうな男に話し掛けたかな、と後悔の念がさっと胸に降りたのだ。

「……ふふ」

男はそんな僕の胸の内を読み透かしているかのように、くぐもった笑い声を漏らした。まるで、心の声が聞こえているかのようだ。

「えぇ、そうなんですよ」

「……え?」

「見えないようにはしています。ですが、聞こえてはいるんですよ」

男は左手で顔を覆うようにしてサングラスを少し持ち上げた。
……まさか。本当に、心の声が聞こえているとでも…?
そんなことがあるのだろうか…。

「えぇ、あるんです。本当に」

男は真っすぐに僕の方を見つめている。
いや、見ている瞳が見えないので分からないが、男のサングラスには少し間抜けた真顔の僕が歪んで映っていた。
ロックグラスの氷が溶け、カラン、と音を立てる。
グラスの側面を水滴が一筋、流れ落ちる。
僕の替わりに沈黙を破り、冷や汗を流すかのように。

「それで?“見たくないもの”について、お聞きになりたいですか?」

周囲の空気が急激に乾いていく心地がした。
僕は、乾いた下口唇を舐めた。胸の奥がざわついている。
胸騒ぎ…それとも少し違うような…。言葉には上手く表せない感触のものが、胸の奥をじわり、と浸食していく。
それとは別にはっきりと感じていることがあった。
好奇心。単純に“知りたい”という純粋な欲求だった。

――職業病、だな。
瞬間、心の中で自嘲気味につぶやくも、すぐにそれを打ち消す。
職業――仕事、というよりも僕の場合は趣味に近いものだろう。
ルポライターと肩書を名乗ってはいるけれど、自分の偏った興味の向く処へしか出向かない。仕事、と呼ぶには「仕事」に失礼な気がしている。

「えぇ、ぜひお聞きしたいですね」

そう口にしながらも、この男には僕がこう答えることは既に分かっているのだろうな、と思っていた。

「飲み込みの早い方だ。…それに、いいご趣味もお持ちのようです」

くっく…、と男は笑った。
男には、僕が次に口にする台詞どころか、考えのすべてが手に取れるようだ。そうと信じるしかない状況が目の前にあった。
…そうか、占い師というのは、もしかしたらこういう能力を使っている者も中にはいるのかもしれない。それは本物の占い師ということになる。

「占い師をしていたことも、ありましたね」

訊かずとも、男はそう答えた。
便利な能力だな、と思う。

「便利ですね」

わざわざ口にすることはないんだろう、と思いながらもそう言ってみる。
男はまた笑った。

「ふふふ……。いや、実に。あなたはおもしろい方です。」

「そう…ですか」

男がそうして笑っていることには、然して悪い気はしなかった。
ただ、自分のどこがそんなにおもしろいのだろうかと、空虚な心持で自分の言動を振り返る。

「あなたのように、“声”が一致している方は珍しいんですよ。実にね。どの程度か、というと万に一、といったところでしょうか。それくらい、珍しい」

「“声”」

「あぁ、そう。少し説明が足りませんでしたね。失礼。“声”、つまり“内側と外側”の、です。あなたのように、思考がそのまま“声”として出せる方は万人にひとり、ということです」

男は、惚れ惚れするほどの流れるような口調で説明した。弦を引く弓の滑らかな上下が目に見えるようだ。

僕は思わず溜息をつく。感嘆と困惑の入り混じった溜息だ。
“万人にひとり”。…と、言われても。
自分がそんな珍重な存在であるという可能性はすぐには飲み込めなかった。
むしろ、思ったことをそのまま口に出してしまう自分の特性は人間関係にあまりいい結果をもたらしてこなかった。過去の悪い状況ばかりが頭を過る。
だから、あまり喋らなくなった。自分が喋るのではなく、他人についてを“訊く”ことを選んだのだ。

「あなたのような方――まぁ、とても珍しいですからめったにお目にはかかれませんが、そういう方との対話は私のような者にとっては大変有難いものなんですよ。全く、疲れません。ところが、世のほとんどの人間には思考を“声”にする能力が欠けていますから――と、言うより素直さの欠落、と言った方がいいでしょうか、そのために“内側と外側”はバラバラです。聞こえてくる“声”が多過ぎる。これは非常に疲れます」

なるほど、確かに人間はみな、“内側と外側”を持っているものだ。
本音と建て前を上手に使い分けること、それこそが社会に出て上手くやっていくための必須スキルではないか。
だからこそ、僕みたいな人間は零れ落ちる。趣味とも仕事ともつかないようなことを生業として何とか食いつないでいくしかない。
しかし、僕みたいな人間が“異端”で、それ以外が“普通”なのだ。
そしてその“普通”の基準を満たし、さらに能力の高い者が“優秀”とされるのが世の中というもの。僕は、“普通”にさえカテゴライズされないのだから、“異端”の烙印を押されこそすれ、評価されることなどはまずあり得ない。
こうして「有難い」などと貴重がられることには慣れていないせいで、何ともむずがゆい気分がした。

それにしても、と思う。
他人の“声”が聞ける能力。漫画やドラマの世界ではありふれた設定だとしても、現実にこんな人間がいるとは。
そんな人間にとってみれば、バラバラな“内側と外側”が無数に飛び交うこの世界で生きるのは、さぞかし疲れるだろうな、と思った。

「ふふふ、その通りです。そしてそう、その“素直さ”ですよ。大部分に欠けているのは。あなたは貴重な存在なのです。もう少し自信をお持ちになってはいかがでしょう?」

男の言葉に反射的に俯いてしまう。認められたようでいて、劣等感を刺激されたようでもあった。
やはり、この男には僕の頭の中が全て手に取れるらしい。
若干の居心地の悪さを感じながらも、かすかな高揚感もあった。
それは、何か?
僕は完全にこの男に、いや男の話すことに興味を奪われているのだ。
そしてこれから起こることに期待し、同時に魅力を感じていた。
――つまり、ワクワクしていた。

「もうひとつ、珍しいことがあります。」

「まだ、他に?」

「えぇ、私が“声”を聞く者と知って五分も対話を続けられる人間、という意味でも珍しい。もっとも、“声”の話を打ち明けること自体、めったにありませんが」

見ると柱時計の針は、一の所でちょうど重なっていた。一時五分。
「見たくないものを見ないためですよ」
そう男が答えたまさにその時、時計は一時を告げていた。
男と対話を始めてから五分が経過している。

五分。
もっとずっと長く感じられたような、いや、逆に一瞬であったような。
そもそも、時間という概念の外側に連れてこられていたようにも感じる。
通いなれたいつもの店が、時間・空間ごと別のものにすり替わったような。
うまく言葉には表せないが、ある種の違和感を覚える、そんな奇妙な夜だ。

「“普通”。
と、あえて言いますが、“普通”の人間なら、心を読み透かされることを嫌がります。或いは、恐れ、怯え、不審に思う。いずれにしても、私との対話を望まないでしょうね」

男は大げさに肩をすくめて見せた。
“普通”の人間は、そうだろうな。
僕は、やっぱり“異端”だ。嫌悪、恐れ、怯え、不審。そのどれも、この男に対して抱いてはいなかった。
むしろ、この時間、この空間が心地良く感じられているくらいだ。
そう、さっきから感じている安堵感…いや、正確に言葉で表すことのできない不思議な感覚が、心を優しく撫で付ける。
そんな感覚をもたらす材料として大きいのは、男の声だった。
闇を纏った深遠なるコントラバスの調べ。荘厳なオーケストラのように心深く響く語り口、単語の羅列とその間に入る短い息継ぎは、湖面を叩く水滴をイメージしたピアノの旋律を思わせた。
この声、語りが心地よさをつくり出しているのだ。

「ふふふ、光栄ですね。……ただ、気になるのは、あなたの“普通”の定義です。少し、間違っておられるかと。……いや、間違う、というのはまた“間違って”いますね。現実には、正解はなく、選択があるのみです。もちろん、不正解もない。全ては、判断し選択するだけ」

“普通”の定義?
何を言っているのか、容易にはつかめなかった。
僕はただ、男の言葉が続けられるのを望み、待った。

「その判断を変えてみませんか?今夜、此処で。“普通”の定義を選び直すのです」

よく分からない。
それでも、賛成も反対もなかった。僕はただ、男の声を聴いていたい、そう思っていた。深まるほど心落ち着く闇の中へと誘う調べ、今夜限りのこの異空間に漂う振動の中に身を投じていたかった。

「よろしい。……実に“素直”な方です。あぁ、これは私からの純粋なお願いですが、どうでしょう。ひとつ手相を見せてはいただけませんか。これは、そう、私の純粋な“好奇心”です」

「手相を?」

「手相占いでは、“声”は聞きません。単なる統計学です。あなたは、大変に珍しい方なので、つい、拝見したくなりまして」

「そうですか。僕でよければ」

言いながら、右手を差し出したがふと、こちらの手でいいのだろうか、と頭を過った。
手相を見てもらうのははじめてだ。
手相なんて、ただの手の皺じゃないか、と思っているし、これまで他のどんな占いにも興味を持ったことがなかった。
両手の皺やほくろの位置、生まれた日や時間で人の運命がまとめられるなんて、にわかに信じがたい。
そもそも、人間なんて何かで一括りにしてまとめて語れるのか。僕は、怪しい、と思っている。
これは、何処にも属せなかった自分、協調という社会的素養を持ち合わせていない自分だからこそ抱く、ちょっとした反骨精神から出た皮肉なのかもしれないが。

「右利きですね。右でも構いませんが、今夜は左にしましょうか」

男の言葉に僕は、出しかけた右手を引っ込め、替わりに左手を伸ばした。

「諸説ありますが、私は左をこれからの未来の手相と見ます。潜在的な運命です。対して右は持って生まれたもの、現在現れている運命、顕在的なものです」

言いながら左手に触れた男の手は、驚くほど冷たかった。
思わず手を引っ込めそうになる。
死んでいるのではないか、そう思うくらいの冷たさだった。
僕の驚きを他所に、男もまたその表情にわずかな驚愕をにじませている。

「……やはり。あなたは珍しい方のようですよ」

「え、まさか手相も…ですか」

「えぇ、これは“覇王線”です。かのマザー・テレサにあったと言われる手相です。八百人にひとりの相とも」

男は、僕の左手の平中央あたりを指し示しながら言った。
なるほど、中央から扇状に三股に分かれる線がある。ちょうど、熊手のような形をしていた。

「“覇王線”は、幸運をつかむ相としては最強クラスです。血のにじむような努力によって大成功を収める人などに表れます。ひとつのことで財を築きあげるといった才能、カリスマ性、精神力、財運、成功運…とにかく、幸運をつかむための強運の持ち主、といったところでしょうか」

才能、カリスマ性、精神力、財運、成功運…
血のにじむような努力、ひとつのことで財を築き上げる…
男の心地よく響くエチュードのような声を聴きながら、僕は気が遠くなった。
なんと、見事なまでにどれもこれも僕に似つかわしくない響きの単語だ。
かつて僕の周囲にそれらが一時でも寄り添ったことがあっただろうか。
それは、回想するまでもなく皆無であった。

「……嘘でしょう?」

「嘘も何も…。あなたの左手の平に刻まれた皺、ですよ。単なる統計学。データを読み上げたまでに過ぎませんが…」

僕は、自分の左手の平に深々と、確かに刻まれた熊手のような皺を食い入るように見つめた。単なる統計学。ただの手の皺だ。

「……それより、気になるのがこれです」

男がもう一度僕の左手を引き寄せ、人差し指でそのある一点をトントン、と軽く叩いた。
見ると、手の平中央を縦に走る線上に角を付けた楕円のようなものがある。
手の平のど真ん中だ。

「これは…?」

「これは、“紋”と言います。星、十字など特殊な形をした相のことを総じて“特殊紋”といい、種類がいくつかあります。そして、これは…“島紋”、或いは“魚紋”」

「或いは…?」

これまで、発する声に微塵の躊躇もにじませることのなかった男が、はじめて自信無さげに言い淀んだ。悠然とした演奏に、突如入り混じる不協和音。
僕にはそれが妙に気にかかった。
また、胸の奥がざわつきはじめる。

「……私にも気になるのです。“島”か“魚”か、そのどちらともとれない、そのどちらの可能性も捨てられない、そんな相なのです」

“島”か“魚”か…?
そんなことが何か重要なんだろうか…?

「……あぁ、失礼。それが重要なのです。どちらであるかで意味合いが全く逆になるからです。つまり、“島”なら不運、“魚”なら幸運、というように」

僕はもう一度、自らの手の平をじっくりと見つめた。
よく分からない。

「気掛かりな点は、それが運命線にかかっている、ということなんです」

「運命線…」

この中央を縦走する線のことだろうか。

「そう、運命線です。そして、あなたの年齢から推察しますと、恐らく今がまさにその“潮目”。あなたの運命が、不運か幸運か、そのどちらかに大きく傾く時が」

「……不運、か、幸運か……」

「そして、“声”を併せて聞いてみたところ、それが」


「今夜ではないかと」


カラン、とロックグラスの氷が小気味いい音を立てる。
時間は止まっていた。

「……今夜……」

今夜、僕の運命が大きく変わる……?
不運か、はたまた幸運か。なんでまたそんな両極なのだろう。
これまで、全くの可もなく不可もなくの平均やや下位をひた走ってきたじゃないか。
才能、カリスマ性、精神力、財運、成功運、そんなものを駆使して何か大きなことを成し遂げてやろうなんて頭は微塵もない。
途方もない挑戦も、深すぎる嘆きも自らの運命に関与させる気など毛頭ない僕が、どうしてそんな大きな不運や幸運に人生を揺さぶられるのだ。
そんなものは――

「単なる統計学。ただの手の皺だ。
――そう、その通りです」

男が僕の“内側の声”を、その心地よい響きにのせて表出させた。
リラックスしたコントラバスのエチュード。
その深い調べだけが、耳に残り、ざわついていた胸の奥を幾分撫で付けて染み込むように消えた。

「失礼。私の勝手なお願いが、あなたの“内側”を図らずもかき乱してしまったようですね。ただ、私は未来が見れるのではないのですよ。先ほどの手相占いにしても、統計学――つまり、過去のデータから未来のひとつの可能性を導き出したまでのこと。あまり、お気になさらずに。……お詫び、と言ってはおかしいのかもしれませんが、ひとつ私のことを打ち明けましょう」

それは助かる、と思った。この声を聴いていられるなら。
男の声は確実に僕の“内側”の何かに働きかけ、プラスの効果をもたらしていた。
わずか十分前に抱いた、“一風変わった厄介な男”、という印象は掻き消えている。今はまだ何とも形容しがたいのだが、この男は人間の“内側”に好影響する何かを持っている。
“声”を聞く能力以外の、また別の何かだ。

「あなたは、私の能力について高く買っていただいているようですが、わざわざ手相占いなんてしていたのは、能力を使いたくなかったからなんです」

「え、せっかくの能力なのに?」

男はさっき、「手相占いでは“声”は聞かない」と言っていた。
わざわざ、能力を使わない占いを選んだ?理由が分からない。

「あなたは、“持っている能力だけで自分を判断されたくない”と思ったことはありませんか?」

男の声は、より一層心の深遠にすーっと染み入るように届いた。

「……あ……」

僕は思わず、口元に手をあてがう。
それは、ある。
人はみな、「どんな仕事をしている」だとか「今までにどんな経験を積んだ」だとか、そんなことばかりを話し、そしてこちらに尋ねる。
僕はそれが嫌だった。それは、単に僕に然したる能力が備わっておらず劣等感を抱いているという話、というわけでもなく――もちろんそれも大いにあるのだが、何だか自分のごく“外側”を撫でられているような感覚を覚えるからだった。
輪郭線だけ。
それをなぞられているのが、何とも気持ち悪い。
僕にとって「何ができるか」は問題ではなく、もっと“内側”から出てくるもの、その人そのもの…人を人足らしめているもの、そんなものが大切なのではないか、そんな想いがある。
そんな想いで、人を訪ねている。きっと、人の“潜在的な役目”のようなものを感じ取りたいのだろう。それは、自分にもそれがある、と信じたいからなのかもしれない。

「やはり、あなたもそうお感じになりますか。私の場合、このような極めて特殊な能力のために、一時、相当に自己を翻弄された時期がありました。自分そのものが次第に分からなくなり、自分にではなく、能力に自分が付随しているように意識の逆転が起こっていたんです。手相占いは、そんな意識下での抵抗です。ほんの微かな、ですが」

自嘲気味に笑う男に妙に親近感を覚える。
あぁ…、それは何となく解るな。
もちろん僕には男のような特殊能力はない、そればかりか能力と言える能力はないかもしれない。
しかし、自分が何によって生かされているのか、分からなくなることはある。そして、そんな時はほんのわずかでもいいから、抗ってみたくなる。
小さい、と実感するだけになったとしても…。

「ただ、私の抵抗も無駄ではなかったようです。次第に分かってきたのです。私の“潜在的な役目”が」

“潜在的な役目”。
男はあえてだろう、僕の“声”を使ってそう表した。
興味を惹こうというようなあからさまな意図は感じられなかったが、男の声は一段低く重い響きを纏い、周囲の空気を変えた。

「……そうして、なぜ、アレが見えるのか。
それが分かってきたのです」

男のサングラスに、僕が映る。
相変わらず間抜けな表情をしている。歪んだ自分と対峙していると、軽いめまいを覚えた。
虚像の僕が口を開く。

「見たくないもの…」

「そうです。それは、“内側”からやってくる」


〈つづく〉



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