見出し画像

私が博士だったら、もっと胸を張れただろうか

'もう一度博士をやり直したい'
そう誓って博士課程を中退し、一年半の月日が経とうとしている。

私は,生命系の大学院でオーバードクターをしたのちに博士課程を中退、現在はweb系ベンチャーでエンジニアとして働いている。

大学を卒業後、地元を飛び出して県外の大学院へと進学した。修士課程、博士課程で計5年半生物化学のウェット研究を行った後、コロナや金銭的な都合から退学を決断した。詳しい状況や当時の心境はこちらの記事にまとまっているので,本記事では割愛させていただく.

現在、論文を書きたいと思っている。それは博士号取得のためでもあるし、単純に自分が研究が好きだから続けたいという思いからだ。先行研究調査や,エンジニア業務の傍、PCで解析できるドライ解析をメインに取り組んでいる.博士課程に再び通うという選択肢もあるが,私が選んだのは論文博士として博士号を取得する方法だ。

論文博士について


論文博士について知らない人向けに簡単に説明する.まず博士号を取る方法は2つあり,1つ目は大学の専攻が主宰している博士課程に通うことである.博士課程は修士号を取得後,一般的には3年,医歯薬系だと4年間,大学院に所属する.規定の論文投稿数を満たし,審査を受け合格すると,博士号が授与される.課程博士は大学に在籍することになるため,授業料を収める必要がある.2つ目が論文博士である.こちらは,自身で論文投稿などの業績がある人が,それらの業績について大学に審査をしてもらい,博士号を取得する方法である.大学で審査を受けることは1つ目と変わりはないが,大学に所属しない分,授業料は発生しない.前者を課程博士と呼び,後者のことを論文博士と呼ぶ.課程博士と論文博士は学位の種類が異なっており,それぞれ,博士(甲)と博士(乙)とつけられる.

一見すると,論文博士は「過程にも通っていない人に,博士号を与えて大丈夫なのか?」と印象を受けるかもしれない.そのためなのか,一般的に論文博士取得に要求される学位取得要件は,課程博士よりも厳しいものになっている.そのため,特別な理由がない限りは,課程に通い学位を目指すほうが一般的である.

私が論文博士を選ぶ理由


私は一度博士課程に通った後に,単位取得満期退学を選択している.在学中に論文投稿が一つもなかったが,論文博士を目指している現状だ.そんな私がなぜ次は論文博士に切り替えたのか.
一つは,課程博士に通う経済的な余裕と時間が無いことである.現在すでに結婚しており,今後子供を養育する予定だ.ライフイベントに関しては人並みにこなしていきたいと考えている.そのため,仕事をする必要があり,課程博士に通う余裕がなくなっている.前のように一本縄のようでは行かないのだ.
2つ目の理由は,研究提案から論文投稿までの研究プロセスをすでに自分の中でノウハウとして持っていることである.大学院で論文投稿をしたわけではないが,大学院は通算して5年半通っており,ラボメンバーの論文投稿の様子やそもそもの論文読破量は多く,自分の中で論文投稿のノウハウは確立されていると考えている.それでも投稿した経験がある人には劣るし,細かい困難は多くあると思うが,今は自分自身の磨いてきた力でそれらを乗り越えてみたいという気持ちが大きくなっている.

エンジニアと研究者の狭間で

しかしながら最近業務が忙しく、まとまった研究の時間を取ることが難しくなってきている。会社がIPOを目指していることもあり、全社的に残業して働く風潮が出てきている。当の私は正直なところそのような弊社の状況に乗り切れず、冷めた目で見てしまっている。
労働力を欲しいのならそれだけの対価を出すべきだと考えているからに他ならない。経営者が労働者に対して良く「当社は成長できる環境を用意している」や「仕事に打ち込める環境」ということがあると思うが、それらは労働力を搾取する詭弁でしかない。結局のところ、経営者が出来る労働者に対しての最大の誠意は「賃金」しかあり得ないのだ。労働に対して正当な対価としての賃金を払う。本当にそれ以外の誠意は存在しないのだ。

私はこの会社で一年ほど働いたが、そろそろ離れようと思う。それは自分の夢である「博士になる」を真剣に叶えるためには切り捨てるべきものだと判断したからだ。自分にとって何よりも悔しい経験をしたもので諦めたくないものが博士。残念ながら、現会社にいては自分の夢を叶えられなそうだと感じた。

成し遂げたいことがあるなら、その分何かを捨てないといけない。その両手にしか持ちきることが出来ないのと同様に、時間も思考リソースも有限である。

世間は令和になってあっという間に4年が経った。中退を決めたあの日から、前に進めているのか分からない。しかし、博士を目指す想いが、大学院を入学した時から色褪せていない事は、ちょっぴり誇りに思っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?