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アメリカの小さな大学の、予想もしないゆたかな出会い

「私を変えたあの時、あの場所」

~Vol.5 アメリカ インディアナ州

本コーナーでは、東京大学にゆかりのある先生方から海外経験談をお聞きし、紹介していきます。

今回は、東大の中でも国際化に大きく携わられている矢口 祐人先生に、先生が20歳でアメリカの大学に編入された当時について、スペシャルエッセイをご寄稿いただきました。

取り上げた場所については こちら から。

 私の人生はあまりドラマチックなものではなく、決定的な「あの時、あの場所」というものはありません。

 生きることはあまり変わらないことが淡々と続くものです。もちろん、その時々は一大事と感じることはあります。深く悩むこと、とても驚くこと、すごく嬉しいこと、それらを矮小化する必要はありません。でも、それだけが後の人生を規定することはあまりないと思います。

 とはいえ、それは私自身に「私を変えたあの時、あの場所」がないことを意味しません。むしろ、私には変わるきっかけとなったいろいろな「あの時、あの場所」があり、その積み重ねが今の自分を作っていると感じています。

 その一部を紹介させてください。

インディアナ州の、小さな大学への編入

 私は20歳の時に、日本の大学の2年生をやめて、アメリカ インディアナ州 の小さな町の小さな大学に編入しました。東大生は誰も聞いたことのないような名もない大学です。日本人が大好きな「大学ランキング」では随分と下の方に位置します。

 その最初の授業で、私は全然ついていけず、Cを取りました。英語は割と得意だったのですが、授業の内容についていけない。課題がやたらと出るし、レポートの書き方もさっぱりわからない。途方に暮れました。

 他の授業も同じでした。レポートも必死に書きました。でもなかなか成績が上がらない。

 それでも、そこの大学の先生方は私をダメな学生扱いすることは決してなく、毎回の小テストやレポートにたくさんコメントをくれました。真っ赤に添削をしてくれることもありました。当時の日本の大学ではレポート書いても、返却されるのは稀だったし、ましてや詳細なコメントなんて一度もなかったのに、アメリカはこうやって教えてくれるんだと感激しました。

 もうひとつ驚いたのは、この大学では好きな授業はなんでも履修できるし、いつでも専攻を変えられることでした。そして専攻とは関係ない授業を取ることも奨励されていました。私は英米文学を勉強していたのですが、あるとき、ピアノの実技を履修してみました。ピアニストの教授が私のような下手な学生にも熱心に教えてくれました。大学のホールで発表会までして、楽しかったです。


性的マイノリティ、難民、パレスチナ出身の友人たちとの出会い

 その大学では仲良しの友人がたくさんできました。ある日、そのうちのひとりが、「私はレズビアン」と教えてくれました。今から30年以上も前の話です。日本にもレズビアンの人はたくさんいたはずなのに、私は恥ずかしながら、そういうセクシュアリティが存在することすら知りませんでした。びっくりしたのを今でも覚えていますが、なぜそんなに驚くかを考えなければならないよと言われて、そうかと思いました。どうして自分は多様なセクシュアリティが普通であることを知らずに育ったのだろうと考えさせられました。

 もうひとり仲良くなったのはベトナムから来た中国系の学生でした。母語は中国語。でも彼の国籍はアメリカ。そしてよくよく話を聞くと、私よりちょっと年上で、「アメリカに来る前は香港の難民キャンプにしばらくいた」と言うのです。そしてその前は「ベトナムから小さな船で姉二人と脱出し、親はまだベトナムにいる」そうで、今は「自分たちを養子にしてくれた白人の親がこの近くにいる」と教えてくれました。驚くというより、まったくわけがわからず、私はキョトンとしてしまいました。私はベトナム戦争のこともあまり知らなかったし、難民なんて新聞でしか見たことがありませんでした。渡米のときには、自分がアメリカでベトナムからの難民と同級生になり、友達になるなんて想像すらしていませんでした。

 パレスチナから来た学生とも友達になりました。彼はパレスチナでの生活がいかに厳しくて大変かを教えてくれましたが、「パレスチナ」なんて「国」は聞いたことはなかったし、それが何を意味するのか、当時の私には全然わかりませんでした。

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大学時代、留学生の友人たちとともに。手前の列右から三人目が矢口先生。


予想もしない出会いが人生の糧に

 私はアメリカの小さな町の小さな大学で、多様な人びと出会い、世界の広さを知りました。その大学での日々は、私の人生を変えたいろいろな「あの時、あの場所」です。

 東大生の皆さんには、ぜひ世界に羽ばたいていってほしいと願っています。その際、私の人生の軌跡はあまり参考にはならないでしょう。ただ、ひとつアドバイスをするとすれば、あまり打算的にならないことです。有名大学に留学したい、将来のキャリアに役立つ言語を学びたい、就職に有利な授業を履修したい、特定のタイミングで帰国して公務員試験を受けたり就活をしたりしたい。そうやって考えるのはやむを得ないことかもしれません。
でも予想もしない場所で、予想もしない人と出会う経験を少しずつ積み重ねることも悪くありません。

 若い頃の異文化体験に無駄なことは一切ありません。ひとつひとつが人生のかけがえのない糧になるはずです。


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