【ダイヤルアップ探偵団】第2回 「夏厨」「冬厨」がいた頃の2ちゃんねる
90年代末から今世紀初頭にかけて、ブロードバンドインターネットが普及する前夜の「ネット文化」に注目する連載。第2回のテーマは、その誕生以来、日本のインターネット空間における巨人としてその名を轟かす「2ちゃんねる」との出会いを語る。
●本稿は、2018年1月に刊行された「懐かしパーフェクトガイド Vol.2」(ダイアプレス) https://www.amazon.co.jp/dp/B07B9XJZ64/ に掲載するため製作したものです。noteへの掲載にあたり、改稿・再編集を行っています。ただし、本稿中の情報は基本的に雑誌掲載当時のものです。
2017年10月、かの有名な巨大掲示板「2ちゃんねる」が、「5ちゃんねる」へと名前を変えた。このことはNHKニュースなどでも報道されたが、当の2chねらーの間ではどうかというと、ほとんどインパクトはなかった。
すでにその3年前には、「2ch.net」の運営を巡る内紛と管理人ひろゆきの解任、ひろゆきによる2ch互換サイト「2ch.sc」の新設といった一連の騒動があり、「2ch.net」の名称変更というのも特別なことではなくなっていたのだ。
それでも、ナローバンド時代からインターネットに親しんでいる我々にとって、「2ちゃんねる」という響きには特別な意味がある。ここでは、そんな2ちゃんねるができた頃のインターネット事情を少しばかり振り返ってみたい。
インターネットに出現した「虚礼廃止」の空間
2ちゃんねるの設立は1999年5月とされている。「あやしいわーるど」「あめぞう」といった匿名掲示板を継ぐものとして、99年秋冬ごろから、日本のインターネット空間での存在感を徐々に増していった。
開設当初は「IPログを一切記録しないBBS群」を謳っており、「名無しさん」の投稿にIDの類は表示されなかった。個人を紐付けられることなく投稿を残せることから、おおっぴらには述べがたい持論や、性の悩み、ときには特定人物の悪口などでスレッドがにぎわった。初代管理人・ひろゆきの斜に構えた人柄もあり、インターネットにおける「おもしろ至上主義」の殿堂としても発展する。
2chは(現在の「5ちゃんねる」を含め)開設当時から現在に至るまで、「『ハッキング』から『夜のおかず』までを手広くカバーする巨大掲示板群」を自称し続けている。
単一テーマのBBSが主流であった当時としては特筆に値するものだったが、「ハッキングから夜のおかずまで」というのは、どれも男子向けで、よくよく考えればそんなに「手広く」はない。当時のインターネット人口の大半が男性だったこともあり、女性のための話題は重視されない傾向にあった。
後には「生活」「既婚女性」といった板も盛り上がり、「男性の空間」といった趣きは徐々に失われていくものの、初期の2chは排他的な場所で、「タブーなき空間」という表現が適切かどうかは疑わしい。むしろ「虚礼を廃した空間」だったといったほうが実像に近いだろう。
「厨房」として出会った2ちゃんねる
さて、筆者も13歳の折に初めて2chに触れたのだが、当時のインターネット上では「厨房」という言葉が流行っていた。これは「中坊」の意図的な誤変換から生まれたネットスラングで、背伸びをしても幼稚さを隠せない姿を嘲ったうまい言いかたとして、今も通用している。
2ch開設以前から存在していたスラングだが、この語のために、自分が中学生でありながら2chをしているのが、なんだか申し訳ないような気分になっていた。コミュニケーションを重ねて幼さが露呈することへの恐怖から、文字通り「半年」はROMに徹していた記憶がある。
インターネット上に今ほど「読み物」があふれていなかった頃には、2chのログをダウンロードして読んでいるだけで楽しくて、徹夜することもあった。軍事板で行われている机上演習は本格的だし、RPGの攻略法も、カードゲームの新弾の情報もどこよりも早かった。なにより、「2ch語」さえ覚えてしまえば、自分を出さずに話題に参加できるというのが心地良かった。
ナローバンド時代のインターネットは、現代のように「スキマ時間」に楽しむものではなく、ユーザーが集まるのも夜間か休日に限られていたが、「リア厨」たちは学校の長期休みを利用して入り浸ることができた。
夏休み・冬休み期間に質の低い投稿が増えることから、「夏厨」「冬厨」というスラングも盛んに用いられており、「夏厨が湧いて臭いな」というのが時候の挨拶だったことも懐かしい。
初期には犯罪と結び付けられて語られることもあったが、数年のうちに2chは、「その名前を出すだけで社会不適合者の烙印を押される」というような場所ではなくなった。マスメディアに「便所の落書き」と揶揄された投稿も、9割は友好的なユーザーによるもので、先述した〝虚礼廃止〟や下ネタは残っていたが、やり取りとしてはあくまでも有益なものが多かった。
その後、個人サイトでも2ch系のAAが使われるようになると、ユーザーの回線がブロードバンドに替わる頃には「アングラ色」もほとんどなくなっていた。2005年のドラマ『電車男』によって「ポップな2ちゃんねる」が完成したと見ることもできるだろう。
度重なる変質の末、いまや主婦の慰めに
ところで、筆者の母は2018年に還暦を迎えたのだが、携帯電話をスマートフォンに替えてからというもの、「ネットで見た」という話を頻繁にするようになった。その中身はというと、2ch(5ch)で話されている話題がほとんどで、いわゆる「まとめサイト」の影響だ。
まとめサイトでは、2chのスレッドの内容を都合よく取捨選択し、読者層に合わせた記事として提供している。たとえば、犯罪予告や誹謗中傷で悪名高い「なんでも実況J」板のスレッドも、まとめサイトの手にかかれば、常識的なネットユーザー同士のフレンドリーな交流所になってしまう。
ところかわって「生活」などの板では、嫁姑戦争やご近所トラブルなどの話題が好まれているが、話の筋は昔流行った『2時のワイドショー』にうりふたつだ。こういう読み物には需要があるのか、「生活板まとめ」のようなサイトも大きなアクセスを稼ぎ出している。
もともと愚母は読書家で、教養ある人だと思っていた。それが、横浜DeNAベイスターズの選手になんj民が付けたあだ名だとか、赤の他人の家庭トラブルの経緯だとか、そんなことを楽しげに話しているところを見ると、なんとももどかしい気分になってたまらない。そこはもともと、俺たち子どもの遊び場だったはずなのに!
限られた誌面で2ch文化の変遷を綿密に述べることはできないが、匿名BBSという情報技術の落とし子は、最終的に、老婆の暇つぶしに姿を変えてしまった。「>>1の母です」という書き込みに怯えていた厨房時代の自分にそう伝えても、きっと信じてはもらえないだろう。むしろ、彼女が2ch本体にたどり着き、余計なことを書き込んでやいないか心配になってくる。
そういえば愚母は、『パロ野球ニュース』や『デキゴトロジー』を愛読し、『2時のワイドショー』や『どう〜なってるの』のエピソードに文句を言っている人だったなあ……なんてことも、合わせて思い出してしまうのである。
★その他の…… 「2ちゃんねる」あるある
1. 現実世界で2ch用語を耳にすると、たまらなくムズ痒い
2. 「うるサイゾー 2ちゃんねる」を聴いて、毒のなさに脱力する
3. 続々創刊された「2ch雑誌」は、割と早い段階で姿を消してしまった
4. 10年以上同じ話題でのバトルが続いているスレッドがある
著者■ジャンヤー宇都
2chの影響で、多感な思春期を「共産趣味」や「軍国趣味」などの悪趣味に捧げてしまった1986年生まれのフリーライター。「キャラネタ板」のログを目にすると、顔から火を噴いて死にそうなほど恥ずかしくなる。
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Special Thanks : 小島チューリップ(「懐かしパーフェクトガイド」編集部)
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