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超短編

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スクロールは1回か2回程度の超短編です。
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#恋愛

泰山木 【超短編】

泰山木 【超短編】

  池の畔に咲いた白い花は泰山木という唐めいた名のせいか、仙女のように自適して枝にただ端座するのみの日々を過ごしつつ、散るべき日を静かに待つ佇まいであった。彼はその花弁が印を結ぶ尼僧の指のように天に向かって揺れる様に、昨夜結局は彼を拒んだ彼女の手ぶりが重なるのに気付いた。

泳ぐ・ポニーテール 【超短編】

泳ぐ・ポニーテール 【超短編】

終業後の運送会社の誰もいない暗い駐車場に一台の軽トラックが戻って来た。運転席には上背の相当ありそうな色黒の若い男が乗っていた。そこに事務所から運転手と同じ年恰好の事務員の制服を着た女が出て来た。停車した軽トラックのライトが彼女を照らすと、彼女はシャワーを浴びるかのように身を光の中に泳がせて、ポニーテールを揺らした。男は無骨な顔にわずかに笑みを湛えたように見えた。職場に内緒で二人だけになれる時間の始

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見立て 【超短編小説】

見立て 【超短編小説】

「BLだって恋愛ですよ。根底にナルシシズムが蟠るのは恋愛だから当たり前なんです。男女間だってビリっと電波が走るのは相手のどこかに自分の核心を見立てることに成功したということなんですから。」
 老紳士はそう言い終わって埠頭の少年に視線を戻した。彼の言う「見立て」が成立していた。

夜霧のような忘却 【超短編】

夜霧のような忘却 【超短編】

 日が暮れるにつれて先程まで夏の黒ずんだ山体を木々の合間に覗かせていた浅間の峰からひんやり湿り気を帯びた霧がひたひたとこの山荘の窓辺に降りて来た。彼は暗記する程読み返した彼女からの手紙の束を暖炉に投じながら胸中の未練が紫の夜霧のような忘却に溶け去ることを願った。