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小説集

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#恋愛

紫の言葉 【小説】

紫の言葉 【小説】

第一章

 子供の頃、リュウイチは小学校にバスで通っていた。

 彼の通う小学校は、彼の自宅がある、大都市近郊の新しい住宅街の南側から、バスで市街地を通り抜けた、街の北のはずれにあった。

 彼の自宅のそばには公立の小学校があったのに、なぜバスに乗って遠い小学校に通わなくてはならないのか、彼は事情を知らなかった。

 彼が理解したのは、自宅のそばに住んで最寄りの小学校に通うほかの子供たちとは、学校

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タイガー・カット

タイガー・カット

 ユウイチは、明後日に中学校の入学式を控えていた。
 彼はけさもおつかいでパン屋に行く途中に、自分が入学する予定の中学校の正門に、
「昭和五十一年度 入学式」
と大きく毛筆の楷書で書かれた看板の前を通ったのだが、その看板を正視したくない気持ちがして、往復とも前を足早に通り過ぎたのだった。
 彼が入学式の前に心が浮き立たないのは、散髪をしたくないからであった。
 地域の中学校は、男子が入学の時には、

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