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便利さ vs 気持ち良さ その2 vol.3/5 - 恐怖であおる(優しいはずの)サステナブルシフトの側面 -

シリーズ通して伝えたいこと

「過剰に便利さを追求するエコノミー(経済)も、
余剰を許さず不便さを強制するエコロジー(環境配慮)も、
どっちかだけだと疲れるから、うまいこと融合させて中庸を見つけましょうよ。

こんな人たちに読んでもらいたい、とイメージして書いてます。
どんな人は読まなくていいか、も考えてみた
自分が↑この強靭な心の持ち主だと自覚のある方は、もうここで閉じちゃって大丈夫だと思われます。ガンガン先進んじゃってください!

恐怖であおる、という手法

「気候変動はもはや危機だ!このまま行ったら○年後には海に沈んでしまう」

「産業の拡大でPM2.5が流れてくる!資本主義なんてろくなもんじゃない」

「おのれぇー、人間め。たたりじゃー!」(誰?)

サステナブルにしないと、将来こうなっちゃうよ系のメッセージ。
響く人には響くのかも。確かに一理ある部分もある。
恐怖をあおること自体を否定したいわけでもないです。
恐怖や不安が原動力になることは実際にあると思うので、利く人には利くから手法の1つとしてあっても良いと思ってます。
ただこのゲームのお題は、ズル賢い人間が、いかにサステナブルに(持続可能な生産消費の手法に)アップデートしようとするのか、であるからして。
このままいったらヤバイよ系の恐怖あおりは、恐怖を植え付けることはできるかもだけど、動かすほどの効果があるかというと、そこまで効いてなさそうと思うんです。
人間、日が経てば忘れちゃうし。
「でもそれオレのせいじゃねーし。(鼻ホジホジ)」と思うのも仕方がない。

気持ちよさが売りのエコ、今風に呼べばサステナブル(持続可能)。
ところが、数十年大先輩である大量生産/消費/廃棄経済圏の方に、現在、相当な差を付けて分があるのは致し方ない。
それに私が考察したいことは、どうやったら気持ち良いエコが、大量&便利な経済圏を倒せるのか、ではないのです。

繰り返し思っている、ちょうど良い中庸を見つけられないの?、です。
それはつまり、どうやったら双方の利点を残したままうまく融合できるのか、接続点を見つけたい、ということです。

本来双方の利点を見つけたいはずのサステナブルシフト派は、気持ち良いサイドであるはずなのに、たまに恐怖をあおっちゃいます。

例えば、コロナという恐怖であおる

この場合は、感染するぞ!、ではなく、
アフターコロナ(という見直す機会)を経ても尚、自然を汚し続けるつもり?
このまま言ったら海の中は魚の数よりゴミの数が上回るぞ!
コロナ以前のままのゴミだらけの海がいいのか!否っ!
そうこうしてたら、海にプカプカとマスクが浮いているじゃないか!こんなんじゃ海の中はゴミで魚の数より… プンスカプンプン

次回、便利さ vs 気持ちよさ その2 vol.4/5 
- 例えば コロナという恐怖であおる -
 

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