ミッション迷子案内④

「意外と距離があったね…」
車社会で生きているらしい神崎が音を上げそうになったが、ふたりは無事に目的地に到着した。

エレベーターで展望台まで向かう。これからどこへ行くのか考えると、高所恐怖症の真朱には胃が痛くなりそうだった。それなら何故ここに来てしまったのだろう。ひとりだと恐ろしくてとても行けないけれど、素朴な神崎となら心が和んでごまかせると思ったのかもしれない。本当は、一度くらいは来てみたかったのである。

展望台からの景色は素晴らしかったが、真朱はやはり足がすくんでしまった。大喜びで写真を撮りまくっている神崎とは対照的である。神崎も、真朱が高所恐怖症だと知って、どうしてここに、と笑っていた。
けど、神崎の邪気のない笑顔や素直な振る舞いは、やはり真朱の恐怖心を和らげてくれた。思わず、マスコットキャラクターのグッズを大量に買ってしまい、また神崎に笑われる。

まさか、男の子と東京タワーに来るなんて思わなかったなあ。しかもたまたま研修で会った人となんて。
改めて自分とは思えない状況に真朱は躊躇いを覚えるが、同時になんとなくわかった気がした。
こういう人物なら、緊張せずに、しかも自分のままでいられるんだ。滅多にこんな人はいなさそうだけども。

けれど、同時にこうも思う。
電車には乗れないけれど外見も人柄もいい神崎には、きっと故郷に待っている人がいるんだろう。その人のためにも、ちゃんと帰してあげなければ。

短い滞在ながら満喫して、ふたりは必ずガイドブックに載っているであろう観光名所から離れた。

モノレールの駅まで神崎を案内し、切符の買い方も教えて、行き先も確認して、改札まで神崎を送っていく。あとは乗るだけだから大丈夫よ、と声をかける真朱に、神崎が右手を差し出した。ガッチリと握手を交わすと、神崎は改札の向こうに消えて行った。

きっと、無事に飛行機に乗れるはず。わからなければ誰かが教えてくれるだろう。
本当に大丈夫かな、と少し後ろ髪を引かれながらも、真朱も改札を後にした。


研修のお土産を真朱から渡された、真朱の中学時代からの友人である深雪は、呆れたように真朱に尋ねた。
「彼に連絡先、聞いた?」

「連絡先?ああ、飲み会のときに名刺もらったよ」
「そうじゃなくて、個人的な連絡先」
「え、だから名刺を」
「それは仕事の連絡先でしょ?仕事の連絡ならそれでいいけど、個人的には連絡できないでしょそれじゃ」
「名刺なら私も渡したから、用があったら連絡してくるんじゃないの?」

「もう、何にもわかってない…」
深雪は心底呆れたような表情で真朱を見た。

「あのね、そういうときは連絡先を聞くの。彼も聞いて欲しかったんだと思うけど?」
「え?だって、カッコいいから絶対誰かいると思ったし、名刺貰ったからそれ以上は…」
「そんなの聞いてみないとわかんないでしょ。もう、真朱ちゃんはいつもこうなんだから…」
深雪はきょとんとしている真朱を見つめると、溜息をついた。

…何も考えていなかった。
神崎に無事にモノレールに乗ってもらうことで頭がいっぱいだった…。

いい加減呆れている深雪にそう告げることが躊躇われて、真朱は黙ってアイスカフェオレを啜る。


神崎の名刺は、退職時のどさくさに紛れて処分してしまった。もう、名字以外は記憶に残っていない。
あれから何も聞かなかったから、きっと無事に帰れたのだろう、そう思いたい。

ピンズだけは今も手元に残っている。固くて開けられなかった透明なカプセルの中には、あの日の空気が今も詰まっているような気がする。

神崎が迷子にならないように必死だった自分こそが、本当の迷子だったのかもしれないと、透明なカプセルを引き出しの奥に見つけるたびに、真朱は今も思うのである。


─終─


※最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

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