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【脚本練習】 別れ 「寝ずの番」


 人 物

佐藤 公造(71)  機械商社嘱託社員 

佐藤 美弥子(65) 公造の妻。乳がんのため死亡

中田 翔子(38)  佐藤公造・美弥子の娘      

中田 和彦(41) 翔子の夫。会社員

山下 佳織(45) 葬儀社の職員


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○病院内廊下(昼)

中田翔子(38)が山下佳織(45)と話している。佐藤公造(71)は居心地が悪い様子で立っている。

佳織「看護師さんが簡単な処置をしてくださってますので、そのあと、霊安室に 
   移します。エンゼルケアはそちらで私共がもう少していねいにやらせていただき
 ますので」

翔子「エンゼルケアって死化粧とかそういうことですか」

佳織「まあ、そうですね。病院でしていただけるのはお顔やお身体の清拭や綿詰め
 くらいまでなので。ご生前のお姿にできるだけ近づいていただけるようにいた
 します」

翔子「よろしくお願いします」

佳織「葬儀は明後日、明日夜がお通夜ということで、むらさきセレモニーホールを
 おさえておきました」

翔子「あの、明日まで、というか葬儀まで母は?」  

佳織「病院にはあまり長くおいていただけませんので、今夜は私どものほうでお母
 様をお預かりして明日セレモニーホールの方にお届けします」

翔子「ああ、そうなんですね。助かります。狭いマンションなものですから」

  佐藤が会話に割り込む

佐藤「連れて帰ります」

翔子「え?」

佐藤「今夜はうちに連れて帰ります。帰りたいと言ってたし、見せたいものもあ 
 る」

翔子「だって、どこに置いとくのよ」

佐藤「置いとくってなんだ!お母さんはベッドに寝てもらうに決まってる」

佳織「わかりました。ではお宅にお連れしましょう。簡易な祭壇をお作りできま 
 し、今夜はおそばにいていただけるようにします」

翔子「今夜は私泊まれないのよ。一回帰って色々支度してからだから、明日の朝になっちゃう。それに、あの、言いづらいんですけど、大丈夫なんですか、その…保存状態、みたいなことは」

佳織「ああ、大丈夫です。ドライアイスは十分にご用意しますし、それ用の…保冷布団というのがあるんですよ」

  看護師が病室からキャスターに佐藤美弥子(65)を乗せて廊下に出てくる。

看護師「霊安室B5になります。お引き取り時間が決まったら警備室にご連絡お願
 いしますね」

  看護師はキャスターを運んでいく。佐藤はそれについていく。佳織と翔子は立
  ち止まったまま話し続ける。

翔子「なんでしょうねえ、うちに帰りたいって言ってた、って。普段父は母とろく
 に話もしなかったんですよ」

佳織「こういう仕事をしていると時々お目にかかります、お父様みたいな方。今夜
 はお二人でお過ごしになりたいんでしょう」

   佳織と翔子は霊安室に向かって歩き出す


○移動中の中田和彦の車内(昼)

  中田和彦(41)が運転している。助手席に翔子。 

翔子「悪かったわね。仕事途中だったでしょ」

中田「いや、こういうのも忌引休暇に入るらしいよ。そう遠いことじゃないって思ってたしね」

翔子「そうだけど。病院からの引き取りに立ち会うつもりはなかったでしょ」

中田「葬儀屋が運んでくれるもんなんだろ、本来は」

翔子「そうよ、担当の山下さんがとっても親切で。ご近所に目立たないような車を用意してマンションのお部屋までキャスターでお運びしますからっていってくださってたのに」

中田「俺の車で連れて帰る、自分で運ぶって?」

翔子「実の母とはいえ…遺体の隣に座るのはちょっとねえ。だからあなたに来てもらったの」

中田「ご遺体って普通の車に乗っけていいの?」

翔子「亡くなった後にあんまり何度も姿勢を変えるのは良くないんだって山下さん言ってたけどね。結局、お母さんは最後の最後までお父さんの勝手に付き合わされるってことなのよ」

○移動中の佐藤公造の車内(昼)

   海辺の国道。佐藤が運転し、後部席に美弥子が乗っている。顔はガーゼ状の
   布で覆われ、シートベルトやテープで固定されている。

佐藤「本当は隣がよかったよな」

    波のたつ海辺。


○佐藤のマンション前・駐車場(夕)

   佐藤の車が止まる。翔子と中田が迎えに出てくる。

翔子「遅かったじゃない!」

佐藤「ドライブしてきた」

翔子「警察に尋問とかされなくてよかったわ。山下さんが待っててくださってるか
 ら急いで」

  中田が後部ドアを開けて美弥子を動かそうとする。佐藤が強めの声で止め
  る。   

佐藤「俺が連れていくから」

   佐藤は美弥子を固定しているテープを丁寧に外すと抱きかかえ、歩き出す。
   中田が後を追う。

翔子「お姫様抱っこだわね。お母さん、うれしい?」

  翔子は車に残った荷物をまとめて運び出す


○佐藤のマンション中(夜)

   リビングの家具が片付けられて臨時の寝台と祭壇が置かれている。そこに横
   たわる美弥子の遺体。

佳織「簡単ですけど、今夜はこんな感じで。昔はご家族が眠らないで火の番をする
 っていいましたけど、電気ランプで大丈夫ですのでどうぞ休みください」   

翔子「お父さん、私たちも帰るけど。子供達連れて明日朝来るから」

佳織「私どもはお昼すぎに奥様をお迎えにあがります」

翔子「じゃね」

   佳織、翔子、中田がリビングから玄関に向かう。


○佐藤のマンション中(夜)

   祭壇を作るため人片づけられたリビングのテーブルに都の写真が何枚か積ま
   れている。佐藤はパジャマ姿になっている。立ち上がってパソコンを上げ
   る。パソコン画面にいくつかの写真。佐藤と美弥子が並んで笑っている写
   真。

佐藤「ああ、これこれ、これがいい」

   プリンターで印刷する。ハサミで美弥子の顔部分を切り取る。

佐藤「こういうの、パソコンでもっと綺麗にできるんだよな、今は。明日中田くん
 にやりなおしてもらおうな」

   テーブルに美弥子の顔写真を置く。

佐藤「お茶飲むか?ああ、ビールでいいか。病院じゃ飲めなかったからな」

   佐藤は冷蔵庫からビールを取りだしコップを2つ運んでくる。コップに注い
   だビールを美弥子の写真の横に置く。

佐藤「つまみはどうしようか。いろいろあるよ。お前が入院してから自分なりに用
 意したからな。柿ピーの黒胡椒味なんてのがあるんだ。うまいぞ…ちょっと待
 っ…」
   佐藤は立ち上がるが嗚咽して座り込む。
佐藤「笑ってるだろう。何独り言言ってるんですかって…。わかってるよ、お前は
 もう聞いてないし、何も話さない」

   佐藤は美弥子の遺体に近寄り頬を撫でる。

佐藤「冷たくしとくための布団だってさ。寒くないか?」

   佐藤は少し笑う。

佐藤「後悔することばっかりだよ…一人で何喋ってんだろうな、俺。そうだよな、
 生きてるうちに話しときゃよかったんだ…旅行の券も用意したんだ。星野リゾー
 ト。高級ホテルはお好みで枕を選べるんだって?」

   佐藤は美弥子にかかっている布団を少し持ち上げる。

佐藤「…今日ぐらいは隣で寝ても怒らないだろう、な」

   佐藤は布団に入り美弥子と並んで寝てみる。目を閉じて美弥子の体に触れ
   る。くしゃみが出る。

佐藤「寒む…」

佐藤は布団から出て美弥子の横に座り、手を取る。

佐藤「ここで寝ずの番をするよ」






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