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3日間だけ、小6の先生になった夏。

大学のとき、教職課程を取らなかった。

私の通った美大では、取得できる資格は「教員」と「学芸員」があり、私は後者だけを取得した。それぞれの必須科目は被っているものも多いため、教職課程を取っている学生は合わせて博物館過程(学芸員)も受けている者が多いなか、私は学芸員一本に絞った。授業が増えるのが嫌だったのもあるが、それ以上に、「教員免許を取れたとて、自分はぜったいに教員にはならない。なれる人間ではない」と、揺るぎなく思っていたせいだった。

「はい、じゃあ時間になったので、みんな席についてね。授業を始めます」

整然と並んだ机から10人の子どもたちの視線が一斉に私に集まる。このような日が来ようとは、過去の私は想像もしていなかった。

知人からの依頼で私はこの夏、3日間だけ小6生たちの講師を務めた。内容は「マンガ・イラスト」の体験コース。夏休み期間に子どもたちに有意義な経験をしてもらうと同時に、将来なりたい職業へのイメージを持ってもらうという狙いの事業で「どうでしょう?」とお声が掛かった瞬間「やりたい!」と即決し、引き受けた。

あんなに教職にはなるまいと思っていたのに、なぜ今回こんな気持ちになったのか自分でも不思議だった。卒業後、本物の教師になっている友人も何人かいるが、話を聞いているとやはり実情は大変そうで、彼女たち自身の生徒への姿勢や距離感に「やっぱり先生になれる人は違うわ~」と感心しては、益々自分には無理だと考えていたにも関わらず。
ひとつは、3日間限定だったこと。もうひとつは、今回の子どもたちの年齢がちょうど私自身が「漫画家になりたい」と思い始めた時期と非常に近かったせいだ。
漫画家やイラストレーターへの道は独学である場合が多い。専門の学校もあるが、大学生くらいの年齢以降を対象にしたものがほとんどで、小・中学生が何を指針にすれば夢に近づけるかのイメージを抱くのが難しい分野だ。私自身、子どもの頃は「漫画家になるにはアシスタントで修業を積むか、雑誌の賞に投稿するしか手段がない」と思っていたし、その世界は学校では教えて貰えない特殊なものだと諦めていた。
自分を「漫画家・イラストレーター」と名乗り始めてたかだか5年程度、実績も知名度も乏しすぎる私が「漫画家は…」などと語るのはおこがましいと勿論思いはしたけれど、あの頃、絵を描くことについて、将来について、画材について、知りたいことがいっぱいあった自分を思い出し、今の私が知っていることの中から教えてあげられる知識が少しでもあるのならと、手を挙げたのだった。

コースは子どもたち自身で選ぶことができた。「ドローン体験」「和紙作り」「トレッキング」などなど、多種多様な体験の中に私の「マンガ・イラストコース」は今年初めてその事業に加わった。希望者が0だとコース自体の開催がなくなってしまうので、紹介動画を担当者たちと張り切って撮影し
「みんな来てねー!」
と笑顔でアピールしながら(どうか0人になりませんように~~!!)と全力で祈っていた。その甲斐あってか、無事定員ぴったり、10人の子どもたちが「マンガ・イラストコース」に集まってくれた。

体験講座は昼休憩を挟んで1日4時間を3日間連続で行う。合計して12時間、子どもたちの貴重な時間をそれだけまとまって預かるというのは結構プレッシャーもあった。授業の中で何をどう行うか、プランも全部自由に任せてもらえた。私は自分の普段やっていることをそのまま教えるのが一番伝わりやすいと思い、愛用している画材を人数分手配して、4コマ漫画を描いてもらう体験にしようと決めた。
初日の前夜は大変だった。
配布する資料を手作りしながら「ああしよう、こうしよう」が次々に浮かんでキリがない。寝床に着いてからも「あっ、あれを持って行った方がいいかも!」と飛び起きてリュックをいじりまた戻るを繰り返し、1~2時間ほどの夢か現かわからない状態でぼんやりと起床時間を迎えた。ふと鏡を見ると、くっきりと眉間に深い皺が刻まれていた。
(ギャーーー!!!)と午前5時、声を殺して絶叫した。

現役の小6生というのはどれくらいの成熟度なのか。周りに子どものいない環境の私には想像しづらかったが、実際に集まってくれた10人の子たちは少なくとも、記憶にある私自身のふてぶてしい小6の頃よりも素直でかわいらしい子たちばかりだった。元々イラストを描くのが好きな子たちだが「漫画を描いたことがある」という子はほとんどいないようだったので、プロットからネーム、原稿用紙への下描き、ペン入れ、ベタ・トーン・ホワイトまでの「漫画の描く流れ」をざっくりと説明しながら一緒にやった。サポートで来てくれた中学美術の先生たち2人のアドバイスを元に、40分くらい毎に休憩を挟んだ。休憩中は年相応に全力で廊下や教室を走り周り大絶叫ではしゃぐ子どもたちも、
「そろそろ再開するよ~!」と声をかけ席に着くと、見事なまでの集中力で黙々と作業をしてその場のおとなたちを感動させた。
「好きなことに熱中する力ってすごいなあ~」とあらためて思った。

1日目はなかなか直接話しかけてくれる子はいなかったが、2日目になると、休憩時間に私のところにやってきて雑談してくれたり、作業中に苦労しているところを相談してくれるようになった。
漫画を描く作業はある程度、自力でストーリーを作らなければならないので、どれくらい皆が描けるか始めるまで未知数だった。しかし心配をよそに、初日の2時間弱で全員がネームを完成させ、早い子は2~3話分もネームを描いて私を驚かせた。しかも、目を通すとちゃんと話の辻褄もあっているしオチもきちんと落ちている。
(なんなんだこの子たち…!!めちゃくちゃ才能ある子たちの集まりじゃないか…!!!)
描くのはほぼ初めてでも、普段から漫画を好んで読んでいることがすでに実力に表れていた。

難しい画材は避けて、線はつけペンではなくミリペン、濃淡はスクリーントーンではなくコピックで塗ってもらった。スイスイとペンを走らせる子がいる一方、じっと数本を手に握りしめ、原稿用紙を見つめながらどの太さの、どの色を使うか、慎重に考えてから使う子もいた。休み時間も遊ばず作業を続ける子もいれば、「見ていい?上手だね」と、その子の席を囲む子どもたちもいた。

作業は3日目の午前中で終了した。
その日の午後は、子どもたちに質問したいことのアンケートを書いてもらい、それに私が答える時間を設けた。「独身ですか?」などの素直なプライベートの質問もあったが、
「影はどれくらいの濃さでかけばいいですか」
「目や口はどうすれば立体的にかけますか」
「鼻をリアルにかこうとすると目立ってへんになるのですが、どうしたらきれいにかけますか」
など、絵に対する向上心に溢れた内容が驚くほど多かった。もっと、「漫画家になるにはどうしたらいいですか」や、「どんなことを勉強すればいいですか」などの、将来に関することなどが多いと想像していたが、ぜんぜん違った。

この子たちは、「今」絵がうまくなりたいんだ。もっと上手に描きたいという気持ちがいちばんなんだ。

そう気づいた。
そして、そういえば自分もそうだったと思い出す。原稿用紙を初めて使ったとき、ちょっと背伸びした気分だったけれどちっとも絵がうまくないと気づいてしまったこと。友だちの家で自作の漫画を披露し合ったとき、友だちの描く絵がおとなっぽくて、すごいなあと思いながらも悔しかったこと。自分の絵が最強だと思っていたけれど、ほんとうは最強なんかじゃない、拙いと自覚していたこと。

質問への回答が終わり、休憩を挟み、サポートの先生が裏で頑張って作ってくれていたあるものを皆に配った。それは10人が3日間で一生懸命完成させた漫画を綴ったコピー本だった。
当初予定していたよりあまりに内容が充実したので「ホッチキス留めるのが大変やった」と先生たちが笑うほど、魅力的な4コマ作品集が出来た。配布した途端、もっとキャーキャー騒ぐかなと思っていたのに、子どもたちは真剣に、一言もしゃべらずに机に向かいその冊子を読み込んでいた。




2日目まではものすごい晴天だったが、3日目だけ天気が崩れて雨だった。子どもたちがお迎えをそれぞれの場所で待つなか、私は教室から出て建物の裏手から外の景色を撮っていた。授業のことで頭がいっぱいすぎて、私としたことが、今日まで全然会場写真を撮り忘れていたのだ。

「せんせい、なに撮っとるん?」

ふとみると、参加者のひとりだった男の子が私の隣にいた。


「今日のこと忘れないように写真を撮ってるんだよ」と、私は答えた。


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今週もお読みいただきありがとうございました。貴重な経験をさせてくださった依頼主と、参加してくれた10人の子どもたちに心から感謝しています。皆がこの3日間のことをいつまで覚えていてくれるか分からないけれど、誰かの記憶にあるうちに「あ!この先生知っとる!」と、その子の自慢になるような立派な漫画家・イラストレーターになれるよう、私もがんばりたいなと思いました。

◆次回予告◆
何を書くか未定回。

それではまた、次の月曜に。


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