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(美大日記⑯)U字溝を探せ!/デッドストック・レトロなお店。

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らししていた日々を綴った『美大時代の日記帳』。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

U字溝を探せ!

七夕が間近に迫ったある日、油画専攻2年の有志が集まり、恒例の竹切りをした。きのう、日本画専攻がアトリエにどでかい竹を飾っていたので負けてられない。普段仲が悪いとかでは全然ないが、こういうときだけ対抗意識がなぜか燃える。
美大の裏の竹やぶで、良さげな1本をのこぎり(Mちゃんの私物)で切り油画教室までえっさえっさと運んだ。うむ。中々立派。日本画に負けてないぞと皆で満足し、手作りした短冊をクラスメイトのロッカーに吊るしてまわった。

しかし竹までは順調だったが肝心なものが未だ手に入っていないかった。七夕コンパという名称のもと行われるいつものバーベキュー、に使う、U字溝である。

美大のグラウンドでは年がら年じゅうどこかの専攻が集まってバーベキューをしている。それに使うU字溝は、誰かの私物の場合もあるが、美大の共有財産的にいつも誰かがどこかから手に入れてくる。それが今回、どうにも見つからない。
油画助手のYさんが「彫刻専攻にあたってみたら」と言うのでクラスメイトを通じて訊いてみたがどうやら私物らしく難色で、結局今のところ、庭に放置されている誰のかわからないU字溝しかないのだが、サイズが小さくてこれでは絶対に足りない。
それに肉も問題だ。仲間内ではまだ車を所有している者はおらず、安い業務用スーパーまで行く足がない。折しも梅雨。当日の天気も心配で、出るのはため息ばかりなり。などとぼんやりしていたら、銅版画の授業で下描きを反転させて描くのを忘れて逆に彫ってしまって、やり直し。はああ。

ところが急に、神の助けが訪れる。
その夜バイトで、偶然同じシフトだった美大の松田先輩(『美大時代の日記帳⑧』参照)に勇気を出して尋ねると、
「U字溝なら、体育館棟の屋上にあるよ」
という素晴らしく明快な情報が返ってきたのである。やっと希望の灯が見えて、帰りの雨も輝いて見えた。
翌日、軽い足取りで屋上に行くと、果たしてそこには雨水の溜まったばっちぃブルーシートと、作りかけの作品らしきものが転がっているだけだった。U字溝は影も形もなかった。
期待からの希望、からの一気に転落した絶望に思わず松田さんを恨めしく思いそうになる私にMちゃんが、「みつこちゃん、その人を責めちゃ駄目だよ」とおとなの一言と共に肩をぽん、と叩いてくれた。

結局この時の七夕コンパは無事開催したのだったかどうか、実は肝心の7月7日の日記が無くて、わからない。けれどおそらくなんとかなったのだろう。計画性に乏しいが、行き当たりばったりでなんとかなってしまう、それが美大という不思議な場所の常だったから。


デッドストック・レトロなお店。

高校卒業までまったく、掛け値なしに、服に興味がなかった。

絵を描くときの作業着は弟のお古の迷彩ジャンパーだったし、私服で友だちと出掛けるときはカッターシャツ一択。(色だけはかろうじて白ではなく茶とか水色とかを選んだ。)大学入学後もしばらくはそんな感じで、お金もないし、ひとり暮らしで急激に痩せた体型とあいまって、当時の写真を見るとなんだかたいそう貧相に映っている。

そんな私が大学1年の冬休み、帰省した名古屋で人生初の「バーゲン」という戦場に足を踏み入れて、一目惚れしたちょっとお高めブラウス(値引き後で7700円だった)をものすっっっごく時間をかけて迷いに迷った末ゲットしてから、自分の中の「お洋服熱」が、10代の青春を取り戻すかの勢いで急速に燃え上がった。
金沢に戻ったあとも、冷めやらぬ熱を抱えて今まで見向きもしなかった香林坊のファッションビルや竪町たてまちという、おしゃれな店が軒を連ねているエリアに私は頻繁に通い詰めた。
そして、とても気になるお店を発見した。

繁華街から少し離れた、画材屋に行くとき通る道。いつも店頭に出ているマネキンの服が私の好きな80年代テイストで、古着屋っぽいけれど清潔感のある感じ。ちょっと近寄りがたかったが、思い切って入ってみた。
薄暗い店内で、レジのあたりで店員らしき人と数人がたむろしていた。愛想のいい感じではなかったが、そのぶん変に構われずゆっくり見られた。コーディネートが未だよくわからない私はひたすらワンピース狙いだったのだが、「ハッ」と息をのむほど可愛らしい、大きな花柄のノースリーブワンピースがあり、試着したら体型にもぴったり。買い物に時間をかけまくる自分にとっては驚異的早さで購入を決めた。
店員のお姉さんによると(話してみたら感じのいい人だった)このワンピースは60~70年代のデッドストック、つまり新古品だそう。その後、美大時代の私の定番でいちばんのお気に入り服となった。

それから少し間を空けて、久しぶりにふたたびその昭和レトロな古着屋を訪れた。前回のお姉さんがいたけれど、私のことなど覚えていなかろうし…と思いながらまたワンピースのコーナーを吟味していると、
「この前のワンピースは着てくれてますか?」
と、当のお姉さんに声をかけられた。「よく私の顔覚えてますね!」と驚くと、「だって、私のお気に入りを買ってくれたんだもん」。そういえば、前回私が買った時もちょっとすみません、と断って畳む前にあのワンピースを撮っていたっけ。
今回も、気になる靴を私が試着させてもらうと「ぴったりですね!私は入らなかったんですよこれ、入ったら、買っちゃおうかと思ってたのに」と言う。この店員さんと私は服の趣味が合うのかもしれない。
結局、今日は見るだけのつもりだったのに誘惑に負けて買ってしまった。
会計しながら「私がお気に入りなの、毎回買ってくれる」と笑うお姉さんに、「大切にします」と言って、包みを受け取った。

帰りにセミロングだった髪をバッサリとショートにした。この前買ったワンピースやこの靴には、きっとこの短さが似合う。
そういえばあの店員のお姉さんも黒髪のショートで素敵だったなあ…と、今この文章を書いていて、ふと思い出した。





今週もお読みいただきありがとうございました。初めて自分で買った服ってすごく思い出深いんですよね。この頃から数年は、夏・冬のバーゲンにめちゃくちゃ計画立てて挑んでいたなあ…。
皆さんは、自分で買った最初の服を覚えてますか?

◆次回予告◆
『短編エッセイ』なで肩の受難/引っ越し前夜の絶望。

それではまた、次の月曜に。


*金沢に置いてきた恥と青春。その他のお話はこちら↓


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