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(美大日記⑲)ギャラリー探し物語。

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らしをしていた日々を綴った、『美大時代の日記帳』。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。


ギャラリー探し物語。


美大の2年生ともなると、ぽつぽつと、自主的にグループ展を開催する者たちが出てくる。それに触発されて、クラスメイトの中でもとりわけ地味なメンツ(自分を含む)を集めて油画4人展の計画を立てた。

問題は、場所である。
美大や工房のある街だけあって、金沢にはギャラリーや画廊が多い。コネクションの全くない私たちは、「画廊・ギャラリー」と名のつく場所を電話帳で調べて手あたり次第下見してまわった。

まず訪れたのは片町ストリートの某所3階にある「サロンY」。少し広すぎて、床も絨毯だし、なんだか立派過ぎる。次に訪れた武蔵方面のギャラリーAは、ちょうど翌日からの展示準備中で中には入れず。もう一軒、寄ったところは休業日だった。
こんな感じでアポもとらず飛び込みで見学していくものだから、行っても休みだったり、イメージと違って「喫茶店の壁の一部が展示スペース」などだったりと、なかなかピンとくる場所に巡り合えなかった。そもそも、クラスメイトや先輩たちがよく利用していたギャラリーは狭い場所が多く、なぜかというと展示作品が小ぶりなものが多いからなのだが、私たちが今回やりたいのは「ザ・王道の油絵展」。美大の合評に出すようなデカイ作品を飾りたかった。

そのコンセプトが、思わぬ波乱も呼んだ。
10軒目くらいに訪れたギャラリーSのオーナーはものすごく商業主義的な人で、私たちの話を聞くや、
「50号?80号?あかんあかん、そんなでかいの誰が買う?10号とか小さいのも描かんと将来絶対後悔するよ。美大の教授なんてなんもせんでも税金で給料もらえとるから、学生にちゃんとしたこと言わんで済んどるアホばっかりや」。
設備も整っていた方だし、広さもちょうど良いし賃料もかなり安めで控室もある。けれど、そんな好条件を無にするくらいのオーナーのインパクトに頑固かつセンシティブな私たちは逃げるようにそこを立ち去った。

リストアップしていた場所をあらかた見学し尽くし、某画廊で展示中だった「インド細密画展」のインド人に突然下の名前を尋ねられ、姓名判断をされたあたりから「手詰まりだな…」と自覚した私たちは、美大のS先生に相談することにした。
「へ~グループ展やるんだ~。どこでやるの?東京?」
「まさか!…あの、ふつうに、金沢です」
「あ、そうなの?」
S先生のおすすめしてくれたGギャラリーは、初めて聞く名だった。後から調べるとちゃんと電話帳にも載っている。ただ、少し場所が離れているので私たちのリストからは漏れていたのだった。
「それにしても意外なメンバーだよね~。でも、頑張ってよ。楽しみにしてるから」と背中を押されて、私たちは張り切って長い坂を超えたところにある、そのギャラリーへとチャリを飛ばした。

けっこう遠いな、が第一印象だった。
1階が理髪店になっているビルの2階にあり、階段をのぼると漂っていた整髪料の匂いが消え、かわりにクリニックを思わせるような、ゆったりとシンプルな長方形の空間が目の前にあった。
壁は空っぽだった。吊り具の片付けをしていた上品な雰囲気の女性が私たちに気がついて、
「今日はもう終わってしまいましたよ」と声をかけてくれた。
「あ…すみません、展示じゃなくて、こちらのギャラリーを見学したいんですが…」そう言うと、快く「どうぞ」と迎えてくれた。

広い。

たぶん、その場に居る4人誰もが思っていたはずだ。今まで見たギャラリーのように変な場所に柱があったり、L字型でもなく、シンプル。壁は短辺5メートル、長辺10メートルぐらいだろうか。広いが、落ち着くし、きれいだ。
いいな、と思った。

先ほどの女性がオーナーの男性と共に戻って来た。
「美大の2年生?学部の?意欲的だね~」と感心してくれるオーナーに恐縮しながら、予定を訊いた。今が10月で、展示は12月頃を考えていたが、すでに展示が詰まっているという。
「1月2月だったらずっと空いているんだけどねえ、季節が厳しいから、お安くしますよ。それに、学生さんだしね」

結局、ここに決めた。メンバー全員がひとめ見て気に入ったし、広さは確かに想定を超えていたが、展示が2月なら作品数も描ける。逆にここなら、広くてもやってみたいという意欲が沸いた。
賃料も、ご厚意で通常よりかなり安くしてもらえた。おまけに展示期間も7日間から、10日間に拡大してくれるという。金曜始まりなので週末が2回出来る。なんと有難い!


開催まですったもんだありつつも、翌年2月、無事この素敵なギャラリーで作品を飾れた私たちはその後、3年生の時も同じギャラリー、同じメンバーでグループ展をした。
オーナーさん方には本当にお世話になった。

世の中の厳しさと、優しさと、ご縁の大切さを学んだギャラリー探しの旅だった。





今週もお読みいただきありがとうございました。日記を読み返していて驚いたのですが、私が特別アナログ過ぎたわけじゃなく、実際に電話帳がまだ普通に使われていた時代の話です。友人のケータイに入っていたのも「ナビウォーク」くらい。グーグルとかもまだ使ってなかったような気が…。
懐かしく思う方は、同世代かもしれませんね。

◆次回予告◆
『おでかけがしたい。⑱』おのぼりさんの夢、はとバス体験!

それではまた、次の月曜に。


*当時の移動手段は基本、チャリ。その他の美大生ライフはこちら↓


*S先生の思い出も色々。例えばこちら↓





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