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恐怖のずぶ濡れ合評会ー美大時代の日記帳⑫ー

まだ新幹線が開通する前、駅に自動改札すらなかった頃の地方観光都市・金沢。その小さな街の美大に通いながら、たいしたドラマも起きない一人暮らしの日々を細かく綴った『美大時代の日記帳』第12回。
プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。


ネバーエンディング裸婦ストーリー

来週の合評に出す絵を描くためしぶしぶ部屋をアトリエモードに変換。こたつを片し、畳には母の仕事場から貰った大判クラフト紙を敷き、絵の具で汚れないよう完全防備。8畳間を巨大イーゼルと道具が占拠し、憩いの場はベッド上しかなくなる。

夜に制作をしていても翌朝ちゃんと起きなければ、午前中の裸婦に間に合わない。今日もポーズ中、激しく眠くなる。20分間裸婦を描いて、10分のモデルさん休憩中イーゼル前で集中爆睡。いつか見た夢の世界や、きのう読んだ本の世界を彷徨い、「ピピピ」というストップウォッチの音で目が覚めたと同時に起き上がってすぐ目の前に座る裸の女性をクロッキーする。20分後、またアラームが鳴る。そしてすぐ夢の中。エンドレス、ネバーエンディング。
もう雪のめずらしさも感じなくなった、大学1年の年明けである。

翌日から連休。7時に起きるつもりが10時。月曜に燃えるゴミを出し忘れたから今日は出したかったのに…しかしもう、この悲しさにも慣れた。
昼過ぎから制作開始。
4時半まで絵の構成を練りつつ衣装合わせをしたり。今回は、否応なしに自画像。
構図の入れ方が難しくて非常に悩む。まあ、描いてるうちになんとかなるだろう(←こうして毎度のように、エスキースをしっかりして構図を考えろと指摘される私)。
エアコンの風のあたるところにキャンバスを置いたせいか絵の具の乾きが早くて助かる。油絵制作は乾燥時間との戦いだ。

前回の合評後、ゲストで来ていた某画壇のナントカというおじさんに「人物を描くとき、可能なら1度はモデルさんに下着くらいまで脱いでもらって人体をちゃんとクロッキーしなさい」と言われたのを思い出し、自ら下着になる。
ブラとパンツの上にキャミソウル1枚。
いくらエアコンがきいているとはいえ冬の金沢。次第に寒くなってくるが我慢して、8畳一間のボロアパートで鏡に映る自分の裸を描く。次にもう1枚、同じポーズで着衣後を描いた。

見透かされた作戦

2日目はちゃんと朝起きてホットケーキを焼いた。画材屋に行くため外に出る。もう雪はかなりとけていた。ついでに「東京ストア」に寄り、健康に良いとテレビで見た、コーンフレークと、わかめを買って帰る。
なんか今さら構図がヘンに思えてきたので人物の向きを変えた。

家で描いているこの合評用作品とは別に、大学では現在、裸婦油彩習作を描いている。ふだん50とか80の大作ばかり描いているので、久々のF15号キャンバスの大きさがたまらなく愛おしい。(※F15号は油絵の初心者が描くポピュラーなサイズ)
今回の課題では担任のS先生がマメにアトリエを巡回している。高校までと違い、大学ではほぼ制作中の学生はほったらかしだが、やはり見られていると思うとやる気もでる。特にそれが、信頼するS先生だから尚更だ。
今日も、私の背後に立ってちょっとしたアドバイスをくれたあと、去り際に「このポジションにしたのは意図的でしょ?」と言われた。
バレたか。
私はこのオーソドックスな課題で、クラスで一番、現時点で描写力に定評のあるUさんの制作過程をこっそり見ようと、Uさんの隣にわざとイーゼルを置いたのだった。
「しっかりついてってね」
と去っていくS先生。見透かされている。やはり先生と呼ばれる人ってすごいなあ。

とか感動している場合じゃなく、合評がやばい。
帰り道、いつものパン屋さんへ寄った。制作中は食べながら描けるのでパン一択。

恐怖のずぶ濡れ合評会

私はこんなにも真面目に生きているというのにお天道様は残酷極まりない。

合評の朝、6時に起きて弁当用の焼きそばを作っていたあたりからすでに雨が降っていた。恐らく油画専攻25人全員が祈っていたはずの晴天はどこにもない。しかし、美大の合評会に雨天中止は残念ながらないのである。
薄暗い部屋で厳重にキャンバスを包装する。
傘も持っていない(両手でキャンバスを抱えているのでどうせ、3本目の腕でもなけりゃさせない)ので、絵は守れても自分はびしょ濡れ。髪から雨粒をしたたらせながら美大までの道を歩いていると、前方に同じくどでかいキャンバスを抱えたクラスメイトの背中が見えた。

石膏室には石油ストーブが焚いてあるので服は多少乾いたが、体の冷えはなおせない。寒さに震えながら合評会が始まった。



「合評会」という言葉は美大生になって初めて知った。高校までは「講評会」だけ。生徒側に発言の機会はなく、完成作品をズラリと前に並べたものを講師が1点1点、時には気になる作品だけを選んで、コメントしていくのを拝聴する形だ。それが、合評になると、生徒側も作品について少し「このような意図で描きました」的なことを言わなければならないうえに、学籍番号順にひとりずつ呼ばれ、怖い顔で見ている(←被害妄想)教授陣の前に自分の持ってきた絵を晒し、その隣に所在なく自分も座り、「よろしくお願いします」と縮こまる。気分はまるで屠殺前。
これを、自分の番が巡って来るまでのあいだ他の人の地獄絵図も後ろの方で見学していなければならないのがまたしんどい。
「ああ、この人、全然(完成度的に)描けてないな…怒られるだろうなあ…」とヒヤヒヤしていて案の定、辛辣な言葉で公開処刑される様子を心を閉じてやり過ごす。
幸い、この日は雨音が大きかったので後ろの方までは声が届かず、さほど心乱されずに自分の番を迎えた。そして、なぜか私は気持ち悪いくらいに褒めちぎられた。
「後期になってからどんどん、急ピッチで成長してるね。まあ、今も画集とか読んでるんだと思うけど、2年になったらもっと深い、技法とか関係ない部分とか、研究してみるとほんとボディーブローだよね。まあ、本当、とにかくよく勉強してると思うよ、うん、頑張った」

こーーーーーわーーーーー。

なにこれ強烈な嫌味?トップバッターでコメントをくれた教授はポーカーフェイスで内心が読めない人なので、気心知れたS先生をちらりと見ると、S先生も「今は絵を描くのが楽しくて仕方ないでしょう」
と、言う。

絵の評価って、ほんとわからない。自分の作品だからもちろん自分では気に入っているけれど、成長の兆しなんて自分じゃわからないのだ。
「そんなに良かったかな~この絵……」
合評が終わり、皆が出て行ったあとの石膏室にひとり残り、まじまじと自分の絵を見つめてしまった。


後日談。
Uさんの隣で描いた裸婦油彩の講評会、私は下段(良くない方)で、コメントすらいただけなかった。
絵の評価、まじでわからん。





今週もお読みいただきありがとうございました。
先週配信の記事で、S先生との再会と、懐かしいパン屋さんのお話を書いていますので、よろしければぜひ。

◆次回予告◆
待望されていないのに第2弾!!
『妄想孤独インタビュー。宇佐江、おやつ画について語る。』

それではまた、次の月曜に。


褒めちぎられて恐怖だった自画像(マネのオマージュ)


*先週の記事はこちら↓


*金沢ひとり暮らしワールド。その他の日記はこちら↓


*魅惑の世界?裸婦デッサンに関するお話はこちら↓



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