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愛と正義の赤ちゃんごっこ【4ーA】


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【あらすじ・主な登場人物・もくじ】

 月曜は塾の授業がない。愛ちゃんは速水(はやみ)さんと一緒に下校するだろう。想いをうち明けるためには、どうにかして愛ちゃんと二人きりになる必要がある。幸い速水さんは体育祭実行委員を務めている。水泳大会の後片づけで遅くなるに違いない。たぶん愛ちゃんは速水さんが戻るのを教室で待つはずだ。告白するならその間しかない。

「赤地」

 男だらけのむさ苦しい更衣室で、制服に着替えながら段取りを整理していると、不意に背後から声をかけられた。茶山(ちゃやま)だ。

「お前、最近桃下(ももした)と仲いいよな」

 鏡をのぞき込んでにやにやしながら、茶山は髪にワックスを馴染ませている。彼の下品な茶髪は女の子のショートヘアくらいの長さがあり、それがまるで寝癖のようなボサボサ頭にセットされていく。

「同じ塾に、通ってるから」

 ワイシャツのボタンを留めながら、僕は努めて冷静にそう答えた。茶山は薄笑いを浮かべたまま香水の蓋を開けた。おそらく鼻が麻痺しているのだろう、尋常ではない量を撒くので臭くてたまらない。

「さっきもずっと桃下の横で話してたよな。どうよ、感想は?」

「感想?」

「あの乳を間近で見た感想」

 無視して着替え続けていると、いつの間にか彼の子分である青木と山吹(やまぶき)もやってきた。僕の同級生の中で最下位を争っている馬鹿どもだ。

「あれはすごいよな。他の娘とはレベルが違う」

 青木がそう言うと、山吹も興奮気味に追従した。

「マジであれはすごすぎる。競泳水着だと押し潰されてわかりにくいけど、たぶんFか、ひょっとしたらGくらいあるかも」

「そうだ」

 何かろくでもないことを思いついたらしい茶山が、いやらしい目つきで僕に言った。

「本人に訊いてこいよ、何カップなのか」

「どうでもいいよ」

 早口でそう答え、僕はネクタイを結び終えた。

「でもさ、顔と乳はいいとして、あの太腿はちょっとやばくね?」

 青木の意見に、茶山と山吹も同調した。

「たしかにデブだ」

「もうちょい痩せれば完璧なんだけどな」

 デブ? デブだと? デブとは何だ!

「桃下さんは全然、太ってなんかないと思うけど」

 無視しておけばよかったものを、つい反論してしまった。

「桃下さんがデブなら、デブじゃないのは栄養失調みたいなガリガリの娘だけってことになるよ。君らはマスメディアに洗脳されてるんだ。女優やモデルの体型を標準だと思いこんでる。特に女の子にはそういう傾向が強いけど、男の中にもそれを真に受ける情報弱者が後を絶たない。若年期の痩せすぎは月経不順や将来の不妊にもつながりやすいし、そもそも女の子のふくよかさは若さと健康の証なんだから――」

「わかったわかった」

 面倒くさそうにそう言って、茶山は僕の肩を叩いた。

「お前、桃下に惚れてんだろ?」

 一瞬言葉を失った僕は、額の汗を拭いながら答えた。

「別に」

 下品に笑う三人の馬鹿どもを無視し、僕は無言で更衣室を後にした。

 閑散とした廊下を歩きながら、怖気づきそうな自分を必死に鼓舞する。茶山たちにばれてしまった以上、僕が愛ちゃんに好意を持っていることは黙っていてもいずれ知れ渡ってしまうだろう。そもそも彼女自身、もはや僕の気持に気づいているかもしれない。このまま友人の一人として共に楽しい時間を過ごすのも悪くはないが、恋人が出来てしまえばそれまでだ。あるいはすでに男がいる可能性だってある。どのみちもう、後には退けない。

 教室のドアは開いていた。室内は静まり返っている。どうやら誰もいないようだ。そう思って中に入ると、予想に反してそこには、愛ちゃんがいた。いや、彼女が速水さんを教室で待っていること自体は予想どおりだ。落ち着こう。落ち着いて話しかけよう。

 薄暗い室内で、愛ちゃんは電気もつけず、じっとスマートフォンを見つめている。画面に集中していて、僕が入ってきたことには気づいていないようだ。僕は言葉を探しつつ、教室中央最前列の席に座っている彼女へ、右後方からおもむろに近づいた。液晶画面に照らされた、やわらかそうな頬が青白く光っている。後ろから抱きしめたくなる衝動に駆られながら、僕は静かに深呼吸をした。

「愛ちゃん?」

「ひゃあっ!」

 びくっと肩を震わせ、愛ちゃんはこちらに振り返った。

「マー君?」

「ごめんね愛ちゃん。あの――」

「ちょっと待ってて。今電気つけるから」

 そう言うと彼女は席を立ち、照明のスイッチを入れた。まだ湿っている焦茶色の髪が、蛍光灯の明かりを反射して艶やかに光っている。

「どうしたの? 忘れもの?」

「いや、あのさあ、実はちょっと、聞いてもらいたい話があるんだけど……」

 愛ちゃんは席に戻り、きょとんとした顔でこちらを見上げている。僕は声を震わせながら、続けた。

「あのさあ、俺……愛ちゃんが好きなんだ」

 声の震えを抑えようとしたら、今度は脚が震えてきた。

「だから、あの、俺と付き合ってくれない?」

「ごめん」

 愛ちゃんは僕を見上げたまま、きっぱりとそう答えた。僕は床へと目を逸らし、待つ必要もないのに次の言葉を待った。

「今は誰とも付き合う気がないの。受験に集中したいから」

 それが相手を傷つけずにふるための常套句だということは、いくら色恋沙汰に縁のない僕でもわかる。

「好きな人がいるの?」

 愛ちゃんはしばらく黙っていた。どんな顔をしているのか気になったが、床を見つめている僕にはわからなかった。

「いる」

「昨日、知り合った人?」

「うん」

 思ったとおりだ。やはりあの合コンで知り合った男にたぶらかされたのだ。そいつはきっと、「送別会」という名の品評会に出品された可愛い女子高生の、まだ無防備な、しかし成熟した身体に目をつけ、あわよくばオモチャにしてやろうという魂胆に違いない。一途に想い続けてきた僕をふり、突如現れたカラダ目当ての馬鹿学生に心を許してしまうなんて。いや、あるいはもう昨夜の時点で、すでに……。目を醒ましてくれ愛ちゃん。そんな男じゃ駄目だ。君を本当に愛しているのは、この僕なんだ!

 全身の血液が一気に頭へ上っていくような、そんな感覚があった。そして僕は、その場で気を失った。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ 

 なんてやわらかく、温かいのだろう。僕のすべてを受けとめてくれるような優しい太もも。この太ももは僕のものだ。この太ももは僕だけの――

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ 

「マー君?」

 仰向けに倒れている僕を、愛ちゃんが心配そうに見つめている。夢……じゃない! 跳び起きて周囲を見まわすと、少し離れた所に速水さんもいた。二人の女の子に見つめられ、口を開けたまま言葉に窮した。

「元に、戻ったの?」

 愛ちゃんはそう言って、正座したまま僕を見上げていた。


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