底無しの優しさに触れ
2023/10/24
「ツナは好きじゃない?」
朝、宿のキッチンで具無しナポリタンを作る私に、スタッフの1人が問いかける。
「いやいや、もちろん好きだよ。でも…」
私は少し遠慮がちだった。
彼は昨日も食パンにケチャップをかけて食べる私に
「それじゃ物足りないだろう?」
と、ツナ缶やマヨネーズをくれていたのだ。
それだけに、またも頂くのは申し訳無い。
『せめて何か御礼を…』
私はバックパックから100円玉を取り出す。
それを受け取った彼、ハザーは日本硬貨をまじまじと見つめながら
「これで、例えば此処だと何が買えるの?」
と問いかけ
「う〜ん…せいぜい屋台のパン2個かな」
と答えると、ハハハッと笑い、しかしとても嬉しそうにしてくれた。
もし良かったら街を案内したいんだ
一緒に行かない?
ハザーの提案は意外だった。
彼は今、私の滞在するホステルに出勤したばかり。
「仕事は?」
「今日は忙しくないから」
他のスタッフに任せ、シフトを変えてもらうという。
彼の目は本気の様だったので、お願いすることにした。
「今日は全部オレが奢るから」
彼が私にそう言う。
「いやいやそんな、俺も払うよ」
遠慮は日本の文化でもあると思っている。
それを知ってか知らずか、ハザーは無言で少し頷きながらも、私が取り出した紙幣を手で遮り、本当に奢ってくれた。
素朴ながらも絶妙な塩加減、スパイスのアクセント、トマトの風味。
味に慣れた頃で、飽きさせないようにと黄色いレンズ豆スープにレモンを絞る。
特別な材料や調理法でなくとも、しっかりコクがあり、味のバランスも良く、全て驚くほど美味い…!
台湾や中国以来の衝撃だった。
調べると、トルコは世界三大料理の一つ。
納得の味だ。
「ターキッシュ・コーヒーはもう飲んだ?」
「いや、飲んでないよ。有名なの?」
彼はニヤリと笑い、今度は観光客が通らない裏道へと私を連れ、一軒のカフェへ。
なんとフィルターを通さず、水から煮立てて淹れるという。
当然、粉がカップの底に残るのだが、上澄みだけを飲むのだ。
そのエスプレッソの様に濃いコーヒーと、チョコでコーティングされたグミを少し含み、水でリセットさせる。
トルコでは皆、こうして食後にカフェで佇むのが一般として浸透しているようだ。
紅茶もよく見かける。
伝統的なコーヒーと共に、心地良い風と陽射し、緩やかな時間を堪能。
さらに現地人のハザーと一緒に居ることで、トルコ文化をより深く味わえる。
こんな贅沢はそうそう無いだろう。
ここでも彼は
「オレがそうしたいから、良いんだ」
と会計を済ませてくれた。
その後、私とハザーは一旦別行動に。
実は昨夜、宿の予約サイトBooking.comから送られてきた割引クーポンを使い、海峡クルーズツアーを予約していた。
なので、その後また夜に会おうという事になったのだ。
こうして一人で遠景を眺めていると
いつも同じ事を考える
この旅が終わった後
”自分はどこで何をして暮らすのか”
依然として答えは出てこない
90分のツアーでリラックスした後、ハザーの待つ宿へと戻る。
時刻19:00。
合流した私達は再び外出。
アジア側にあるカドゥキョイ地区へ。
イスタンブールはボスポラス海峡を挟んでヨーロッパ側とアジア側にまたがる、世界唯一の街なのだ。
移動中、ハザーは日本文化や言葉など様々な事を私に尋ねる。
特に日本の漫画に影響を受け、将来は漫画家になりたいのだという。
しかし私はそれに詳しいわけでもなく、これまでお世話になった御礼に見合う程の情報は伝えられなかった。
にも関わらず彼はそんな事をまるで気にする様子も無く、着いた街のアレコレを楽しげに説明してくれた。
ここも彼の奢りだ。
流石に申し訳無い、と財布を取り出す私を置いて一人レジに向かい、さっさと会計を済ませてしまった。
オレがそうしたくてやっているんだから
良いんだ
日本にありがちな建前でない事はわかる。
見返りを求めている様子も全く無い。
何しろ、私は明日の夜にはイスタンブールを発つ予定なのだ。
次回また会えるかどうかはわからない。
その事は勿論、ハザーもわかっている。
何故、彼はそこまで良くしてくれるのか。
私は何もしてあげられていないのに…。
“日本人だから” いや、それだけでは説明がつかないだろう。
ただ一つ、トルコ人は旧き良き風習として、客人をとても良くもてなす国民性だと聞く。
それにしても、ホステルの客全てにこんな振る舞いをするわけではないはずだ。
メタルミュージック好きの彼が、音楽話を通じて私を気に入ってくれたのならば素直に嬉しいのだが…。
「最後こそは」
流石に私はそう言い、強引にハザーを説得して会計をする。
彼は“仕方無い”といった様子で、決して不機嫌ではないが、納得いかない表情だった。
もしかすると、彼の厚意を断った私の行動は失礼だったのかも知れない。
それを薄々感じていたからこそ、これまで有難く甘えてきた。
しかし、いくら何でもこれ以上は…と、私ももどかしさに耐えられなかったのである。
彼が私の気持ちを汲んでくれたのなら良いのだが…。
「これからホステルに戻って仕事だ」
「だから一緒に帰ろう」
帰り際、彼は言った。
この後24:00から夜勤だというのだ。
シフトを変えてもらうとは聞いていたが、まさかこんな時間からだとは思わなかった。
彼は昼からずっと私を案内してくれて、ろくに休んでいないはずだ。
それによく見ると、いつの間にか足を引きずっていて苦悶の表情をしている。
曰く、アルコールを飲むと時々、足が痛むのだという。
「それを知ってたら酒場に行かなかったのに!」
「いや酒は好きだし、これはホント時々で、たまたま今日が不運なだけだから」
「気にしないで、マサキ」
「ワタシハ ダイジョウブ デス」
どこまで親切なのか。
無償且つ底無しの優しさに対し、私は
「本当にありがとう」
その他に言葉が出てこなかった。
ハザーは足を止め、顔をくしゃりとさせて笑い、もう何度目かもわからない、同じ言葉で返してくれた。
オレがそうしたくてやっているんだから
良いんだ
2023年3月から世界中を旅して周り、その時の出来事や感じた事を極力リアルタイムで綴っています。 なので今後どうなるかは私にもわかりません。 その様子を楽しんで頂けましたら幸いです。 サポートは旅の活動費にありがたく使用させて頂きます。 もし良ければ、宜しくお願いいたします。