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チェホフの入口「かわいい女」

かわいい女

(ほぼネタバレ)チェホフは、ドストエフスキーやトルストイが出現したロシア文学「黄金時代」の後に世に出て人気を博し、多くの優れた戯曲と短編小説を残した作家です。

   その作品はどれも短く、大きなドラマが展開するものではありません。人物の機微を繊細に描いた、皮肉を含んだユーモラスな味わいが特徴となっています。

   「かわいい女」(1899)は、そんな彼の作品の魅力があふれたユニークな短編小説です。

主人公のオーレニカはふっくらとした穏やかな若い娘です。

彼女は遊園地の経営者と結婚し、夫を助けて遊園地の中の劇場で働き始めます。彼女の世界は劇場のことで占められ、人に話すのは夫の受け売りばかりです。ところが愛するその夫は急逝してしまいます。

悲嘆に暮れる彼女を慰めてくれたのは、ある材木商の男でした。やがてふたりは結婚します。すると、オーレニカの頭の中は材木のことしかなくなり、そのことしか話さなくなります。しかし、この夫も他界してしまいます。

ふたたび未亡人となった彼女が次に出会ったのは獣医でした。オーレニカは動物の病気の話ばかり口にするようになります。

彼女は、常に誰かを愛さずにはいられず、また、愛する人が出来るとその世界が自分の全てになってしまうのです。

つまり、彼女には自分の意見がないのです。それを「かわいい」と感じるか「愚か」ととるかは読者次第です。

   トルストイはこのヒロインを献身的な聖女としてたたえ、人前で何度も朗読したといいます。

   しかし、斜めの目線から作品を読むと、作者はこのヒロインを少しからかって書いているようにも感じられます。

   このような絶妙な味わいこそが、戯曲・小説いずれにおいてもチェーホフの魅力と言えます。⇒「桜の園」に続く

チェーホフ

アントン・チェホフ(1860 - 1904)~ロシア・小説家、劇作家~
「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」などで知られる、ロシアを代表する劇作家。また、多くの優れた短編小説により、19世紀末にロシア文学史の流れに革命を起こした。

https://www.amazon.co.jp/dp/4102065032/

    


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