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余寒の怪談手帖 リライト集

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怪談手帖が大好きすぎて〈未満〉も含め、色々な方のリライトをまとめてしまいました。 原作者・余寒様の制作された書籍、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」…
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#怪談

草舟屋敷【禍話リライト】

Yくんが一人暮らしをしている商店街には、「名物婆さん」がいた。 毎日夕方に、その婆さんはどこからともなく現れる。 その婆さんは、大きな箱を背負って、ブツブツと何かを喋りながら、商店街と交差する細い路地を、「そんな歳の人がそんなスピードで?」と驚くような速さで駆け抜けていくのだ。 「まあ、言うなれば、時計代わりよ。哲学者のカントの散歩の時間に合わせて時計の針を合わせる…みたいなさ。だからさぁ、あの婆さん見ると、そろそろ黄昏時だなあって思うわけよ」 歳が近く、仲の良い文房具

(怪談手帖)遺影【禍話リライト】

Kくんが、大学3年生の時の話だ。 サークルの後輩に、遊び人がいた。 遊びと言っても、基本的には女遊びの激しい奴で、大学の授業にはほとんど出席せず、バイトと遊びに精を出していた。 ところがその後輩が、最近遊びを控えているのだという。 1ヶ月くらい、サークルにも顔を出していない。 これは、何かしでかして反省しているか、あるいは本気で恋愛をしているかどちらかだろうと思い、Kくんたちは飲み会にその後輩を呼び出した。 「どうしたんだ?最近」 「嫌なことがありまして…」 少し話した

(怪談手帖)祖父の家【禍話リライト】

Bさんの祖父の家は、実家から徒歩5分のところにあった。 だから小さいころなどは、休みの日のたびに祖父の家に遊びに行っていたのだが、ひとつだけ不思議なことがあった。 日曜日の、薄曇りの天気の日に限って、祖父の家の玄関の引き戸のすりガラスに、後頭部をピッタリつけている長髪の女の後ろ姿が見えるのだ。 あ、お客さんだ。 そう思ってしばらく時間をつぶして戻ってくると、その姿はなくなっている。 ただ、その後に祖父の家を訪れても客などはおらず、誰かが来ていたような形跡なども見られなか

(怪談手帖)貧乏下宿【禍話リライト】

大学時代にAくんが住んでいた下宿は、近くにゴミステーションがあったせいで、カラスの声がうるさかった。 ゴミステーションに集まったカラスは、獲物を咥え、Aくんの部屋のベランダにも来る。 そして戦利品のゴミ袋の中身を漁っているような音も、偶に聞こえてきたこともあったという。 ただAくんはずぼらな性格で、そのベランダに通じる窓に本を積みまくっていたため、半ばそこは開かずのベランダと化しており、外の様子も見えなかった。 だからAくん自身、カラスが集まっていることも、あまり気にしなかっ

(怪談手帖)桜並木【禍話リライト】

Yさんの住んでいるマンションの裏手の道には、桜並木がある。 その桜並木は、相当昔からある大層立派なものなのだが、枝が延び放題になっていて、陽の光が遮られてしまうため、マンションの裏手はいつも薄暗い状態になっていた。 なぜ枝を払わないのか、と両親に尋ねたこともあるのだが、「詳しくは知らないが、手をつけるとやばいと言われていて、誰も触らない」と言われるだけで、結局理由はよくわからなかった。 そんなこともあって、桜並木は常に薄暗く、人通りが少なかったのだった。 ある時のこと。

(怪談手帖)図工室【禍話リライト】

Kさんは小学一年生の時、図工の授業が嫌いだった。 とはいえ、絵を描いたりとか工作したりすること、つまり図工の授業内容が嫌だったわけではない。 図工室が嫌だった、というのだ。 図工室には、いくつか絵が飾ってある。 ダヴィンチやルノワールなど、有名な絵画のレプリカに混じって、地元の画家なのか、あるいは卒業生なのか、誰が描いたのかわからない絵も飾られている。 その中に、図工室の棚の上の窓ぎわ辺りに油絵が飾ってあったのだが、その絵が問題だった。 その絵の真ん中には、円筒形の石の塔

(怪談手帖)天狗【禍話リライト】

S山に住む古老から伺った話。 S山は峠越えで有名な山なのだが、一人で峠を越えてはいけない、という決まりがある。 というのも、一人で峠を越えようとすると、あらぬ方向から石や木の実が飛んでくる。 天狗礫、というやつだ。 驚いてその方向を見ると、木々の隙間、ありえないような高さから、無数の子供の顔がのぞいているのだという。 そういう時は、念仏を唱え、道の端になんでもいいので持っている食料をおいていけばよい。 「…そういわれているんだが、ダメなときはダメなんだがね」 古老のJさん

(怪談手帖)広告【禍話リライト】

Kさんの体験。 ある休日の晴れた昼時にタバコを買いに行った帰りに、コーヒーを買いたくなった。 財布を持っていなかったのだが、タバコのおつりがちょうどコーヒー一杯分だけはあった。 よし、と思って近所の米屋に向かう。 米屋はシャッターが閉まっていたが、米屋の前には自販機が置かれていて、それが目的だった。 自販機の前に立ったKさんは、おや、と思った。 自販機の下のスペースには、広告が貼られていたのだが、それが年代物のように黄ばんだ、昭和のころの広告のようなものに変わっていた。 そこ

(怪談手帖)海水浴【禍話リライト】

M街道は、海を横にして走る街道で、散歩コースもあって、近所の人々が多数行きかう場所である。 また、近所に源平合戦ゆかりの土地があることもあり、観光シーズンには多数の観光客が訪れる。 ある日、街道沿いに住むKくんが、M街道を自転車で通行していた時のことだ。 何気なく海の方を見ると、夕日がキラキラと反射した初夏の海で家族連れが泳いでいるのが見えた。 夕方の海で海水浴か。 だんだんと暑くなりつつあるとはいえ、海開きはまだ先だ。 珍しいなと思いつつ沖の方に視線を動かすと、波間に

(怪談手帖)風鈴【禍話リライト】

アパート住まいの大学生のAくんの部屋には、2月になっても風鈴がかけられていた。 とはいえ、何か深い理由があってそうしていたわけではない。 居間の窓のカーテンレールに風鈴を引っ掛けてあるのだが、位置が高く、外すためには台がいる。 面倒がったAくんが、ただそのまま風鈴を放置しているだけだったのだ。 ある日の夜中、Aくんが居間で寝転がって本を読んでいると、風鈴が「チリン」と鳴った。 冬の寒い日でもあるので、窓は開けていない。 電気代の節約のためエアコンもつけていないので、部屋の中

(怪談手帖)権現様【禍話リライト】

Aさんの故郷には「権現様」と通称される神社がある。 その神社は、山の上の石段を登った先にあり、ほとんど手入れもされず荒れ果てていた。 だが、大人の手が入っていないために、逆にその神社は子供の格好の遊び場になっていた。 大人たちには行くなと言われているが、子供たちは境内に集まって鬼ごっこやかくれんぼをしていたのだ。 その日も、Aさんたちは集まってかくれんぼをしていた。 ただ、その日はなぜかかくれんぼにハマってしまって、今までにないほど帰りの時間が遅れていたのだという。 Aさん

禍話リライト 怪談手帖「錆井戸」

「あんた、人の嫌な思い出を集めてるんだって?いい趣味してるねぇ。」 知人から紹介してもらったAさんが、そう言いながら話してくれた彼の思い出。Aさんは長い間、子供の頃に見た映像が怖かった。本筋は全く覚えておらず、あるワンシーンだけが、鮮烈に頭に残っていたという。 全体に赤茶色がかった、鉄サビの吹いたような画面の中、子供が井戸の端に立っている。井戸からは着物を着た女の後ろ姿が上半身だけ出ており、子供へ手を伸べて、何がしかの品を渡している。 女の全身はひどく汚れていて前後の印

【怖い話】 禍話リライト 怪談手帖「やらいさん」

 中学校時代の同級生だったAさんは、僕と同様、幽霊の類を見たことがないという人だった。とはいっても、僕と彼女とでは事情がだいぶ違っており、僕の方はさしたる理由もなく、ただ単にそういう感受性や感覚が皆無であやしいものに出会わないのに対し、Aさんの場合は、はっきりした理由があった。  ——御利益を受けている。  彼女の一家が頼んでいる「神さまのようなもの」のおかげで、幽霊だとかお化けだとかから、「守られている」のだと。  当時の彼女は、霊感だ何だといった話題になったとき、そのよう

禍話リライト 怪談手帳『つ』

きっとあなたもパソコンの共有ドライブが怖くなってしまう話。 Aさんの、以前の同僚についての話である。 当時彼が勤めていたデザイン系の会社はクライアントの意向と納期が最優先で、社員は皆常に腫れぼったい目をしている、なかなかに厳しい労働環境であった。 「ま、そう言うの珍しくない業界だからね。ストレスでおかしくなる奴もいて、人の入れ替わり結構あったなぁ」 そんな中でAさんはある日、隣の席に座っている同僚が妙なことをしているのに気が付いた。 「そいつね、パソコンに向かいながら