(怪談手帖)図工室【禍話リライト】

Kさんは小学一年生の時、図工の授業が嫌いだった。
とはいえ、絵を描いたりとか工作したりすること、つまり図工の授業内容が嫌だったわけではない。
図工室が嫌だった、というのだ。

図工室には、いくつか絵が飾ってある。
ダヴィンチやルノワールなど、有名な絵画のレプリカに混じって、地元の画家なのか、あるいは卒業生なのか、誰が描いたのかわからない絵も飾られている。
その中に、図工室の棚の上の窓ぎわ辺りに油絵が飾ってあったのだが、その絵が問題だった。

その絵の真ん中には、円筒形の石の塔が描かれていて、画面の手前に向かって曲がりくねった道が伸びている。
その道の途中に男性がいて、背を丸めて塔に向かって歩いている…という構図だった。

Kさんには、その絵の中の人が動いているように見えたのだそうだ。

絵を見るたびに、人のいる位置が変わる。
男性は、塔の扉の前にいることもあれば、中央のカーブを曲がろうとしていることもあれば、ずっと手前にいることもある。
それだけでなく、その人は塔の中にいて、窓から顔を覗かせていることもあった、というのだ。
その時は流石に驚いて絵を見直すと、また場所が動いていて、もうその人物は道の途中に立っていたのだという。

小学一年生でも、流石に“動く絵”などないということはわかっていたので、Kさんはこの現象が尋常ならざるものであるという認識はもっていたようだ。
だが、何より移動の法則性がわからないことが混乱に拍車をかけた。
絵の中の人物は、少しだけ動いていることもあれば、通常あるべき位置とは全く別の場所にいることもある。
気になっていたKさんは、そういったこともあって、図工の時間中はチラチラと絵を見ていた。

あるとき、あまりに絵をチラチラと見ていたため、授業後に先生に呼ばれて、「何してたんだ?」と聞かれた。

Kさんが先生に事情を話すと、先生は笑うこともなく、一緒に絵を観察してくれたのだという。
ところが、一緒に絵を見ているときにかぎって、人物は元の位置から全く動かない。
Kさんは、動いていないことを恥ずかしいと思ったそうだが、先生は優しい人で、「ずっと見ているとそういうふうに見える、騙し絵みたいなものなのかもしれないな」と言ってくれた。
もっとも先生自身も、その絵についての情報は全然知らなかったそうで、「これは誰が描いた絵なんだろうな?」と顎に手を当てて考えている。
小学校の先生は全教科を担当するので、教科専任ではない。
だから、先生もよく把握していなかったのだろう。
ただ、Kさんは、先生が騙し絵じゃないか、と言ってくれたので納得したのだそうだ。

しかし。
その後何度見ても、騙し絵や錯覚では説明ができないようなレベルで、絵のなかの人物は動いている。
ある時など、授業終わりに絵のところに行って見てみると、問題の人物がいない。

あ、塔の中に入ったんだ。

目を皿のようにして見てみても、絵には道と塔が描かれているだけだ。
これは間違いない、誰がみても明らかに人が動いている証拠になる。
そう考えたKさんは、ちょっとちょっと、と友達を呼んだ。

「え、なに?」
「これ見て」

ところが。
指を指した先、道の真ん中には、いつも通りその人物がいた。
いつもと変わらず、背を丸めて塔の方に歩いている。

Kさんは、これ以上検証しようとしても、周りにおかしな子だと思われるだけだ、と諦めて、これ以降誰にも声をかけないようになった。

だが、どう考えても自分には動いているように見える。

考えた末、Kさんは絵を見ないようにすると決めた。
授業前後を含め、絵にはできる限り近寄らないようにした。

しかし、図工室はそこまで広いわけではない。
それまでずっと気にしていたこともあって、何かの拍子にKさんの目に入ることもあった。
そんな時に、まるでアニメーションのように、絵の中の人物が歩いているように見えたことがあったのだという。
あまりに異様なその光景に、Kさんはすぐ目を逸らしたのだが、それからは本当に怖くなってしまい、図工室に行くのが心底嫌になったのだそうだ。


一年生の終わりごろのこと。

その日も、(図工、嫌だな…)と思いながら図工室に向かった。
図工室に入る時、教室の前方ドアから入って席に着けば、絵が見えないということを承知していたKさんは、いつも意識して前のドアから図工室に入っていた。

ところが、その日に限って、意識していたはずなのに、なぜか後方ドアから図工室に入ってしまった。

その時のことは、今でも同窓会の語り草になっている。

教室に入って絵を見た瞬間に、Kさんはぎゃーと大声で叫んで、泣きながら教室を駆け出した。
パニック状態になったKさんを、先生が「どうした!」と問いかけつつ追いかけてくる。
倒れ込んだKさんは、先生に介抱されているあいだじゅう、白目をむいて、

「かおー!!かおー!!かおー!!かおー!!」

と、叫び続けていた。

その時のことを、Kさんはよく覚えている。
図工室に入って、顔を上げると、絵が目に入った。

その絵には、画面いっぱいに、男性の顔のアップが描かれていた。

彼女の記憶によれば、その顔色は、ひどく汚れた緑色の顔だったという。

Kさんは保健室に連れていかれ、その日は早退した。

次の日。
図工室が不審火で全焼した。
幸い休みの日だったので死傷者は出なかったが、部屋ごと焼け落ちてしまい、中に掛けられていた絵なども全て焼失した。

犯人は、見つかっていない。

その日、Kさん以外、誰も絵に描かれた顔を確認した生徒はいない。

だが、Kさんが泣き叫んだ次の日に、図工室が焼けたということで、同窓会ではいまだに話題になるのだそうだ。




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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「真・禍話/激闘編 第四夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

真・禍話/激闘編 第四夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/378720680
(48:44頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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