(怪談手帖)海水浴【禍話リライト】

M街道は、海を横にして走る街道で、散歩コースもあって、近所の人々が多数行きかう場所である。
また、近所に源平合戦ゆかりの土地があることもあり、観光シーズンには多数の観光客が訪れる。

ある日、街道沿いに住むKくんが、M街道を自転車で通行していた時のことだ。
何気なく海の方を見ると、夕日がキラキラと反射した初夏の海で家族連れが泳いでいるのが見えた。

夕方の海で海水浴か。

だんだんと暑くなりつつあるとはいえ、海開きはまだ先だ。
珍しいなと思いつつ沖の方に視線を動かすと、波間に変なものが漂っているのが見えた。

肩から上を出した、真っ黒い人型の何かがぷかぷかと浮いている。

死体?!

思わず自転車を止める。
だが、死体が直立に浮くなど聞いたことがない。
距離もあるので、それが本当に死体なのかどうか、目を凝らしても判別できない。
ただ、その黒い何かの手前側では家族連れが泳いでいて、そこにはどうやらまだ小さい子どももいるようだ。
もしも万が一、あれが死体で、子どもがそれに気づいたらトラウマになってしまうだろう。
そう思ったKくんは、家族に呼びかけようと再び家族の方に向き直る。

四人家族は、沖の方を向いて立ち泳ぎしている。
いや、本当に泳いでいるのだろうか、という疑問が浮かんだ。
微動だにしないのだ。

ひょっとして、黒いそれに気づいているのか?
気づいていたら騒ぎそうなものだが…

家族連れは、じっと黙ったままそれを見ている。
よくよく観察してみると、家族連れが立ち泳ぎしている場所は、少し深くなっているところだ。
浮き輪もつけていない子供が泳げるような場所ではない。
もちろん夕闇迫る時刻のことだから、周囲も薄暗くなりつつあり、見えてないだけかもしれないが、もし浮き輪を着けていないのであれば危険だ。

注意すべきだ。

そう思って海側に近づき、手すりから身を乗り出して声を出そうとした瞬間。

消えた。

家族連れも、黒い何かも。

恐怖のあまりKくんは自転車に飛び乗ると全速力で漕いで、急いで家まで逃げ帰った。
家族には何も言えなかった。
言ったところで笑い飛ばされるのが落ちだろうと思っていたからだ。

その夜のこと。
Kくんが布団で寝ていると、急かされるような気持ちで夜中に目が覚めた。
気づくと、部屋の中に潮の香りが充満している。
思わず目を開くと、真っ暗な室内に自分の顔を覗き込んでいる何かがいるのが見えた。
全身がぐっしょり濡れていて、滴が垂れている。
潮の臭いは、その全身びしょ濡れの人物から漂ってきている。
しかし、滴が垂れてきているはずなのに、Kくんの体はほんの僅かも濡れていない。
そのうち目が闇に慣れてきて、だんだんと覗き込んでいる人物の目鼻がくっきりわかるようになり始めた。

わかっちゃだめだ!

咄嗟にそう思い、目を瞑る。
それと同時に、覗き込んでいた人物がさらに身を乗り出してきたようで、生臭い息のにおいが鼻にかかった。

せめて、せめてこいつの姿を見ないようにしないと…!

そう思った、その瞬間だった。

「そういう気持ちを忘れちゃいけないよ」

高いような低いような、男か女かもわからないような声だった。

翌日、その海岸で親子連れの死体が見つかった。
一家心中だった。
だが、あの真っ黒な何かの正体は未だわからない。
分かりたくない、のだそうだ。


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この記事は、「猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス」、「真・禍話 第四夜」の怪談をリライトしたものです。原作は以下のリンク先をご参照ください。

真・禍話 第四夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/368096873
(1:41:45頃〜)

※本記事に関して、本リライトの著者は一切の二次創作著作者としての著作権を放棄します。従いましていかなる形態での三次利用の際も、当リライトの著者への連絡や記事へのリンクなどは必要ありません。この記事中の怪談の著作権の一切はツイキャス「禍話」ならびに語り手の「かぁなっき」様に帰属しておりますので、使用にあたっては必ず「禍話簡易まとめwiki」等でルールをご確認ください。

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