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新卒から7年間勤めた広告代理店を退職しました【序章】

こんにちは、神宮寺です。
先日7年間勤めた広告代理店を退職いたしました。

Twitterで退職報告をしたところ、多くの反応を頂き非常に驚いております。

7年間の振り返りをする前に、2020年8月にnoteをはじめてから一度もしていなかった自己紹介をしたいと思います!


今回は、下記の内容を何回かに分けて書いていく予定です!

・はじめての自己紹介
・なぜnoteを始めたのか
・7年間の振り返り
・なぜ辞めたのか?
・これから何をするのか?


▼はじめに自己紹介をします


いきなり名前と性別のカミングアウトからですが、「神宮寺麗子」ではなく、本名は「岩松 泰平」と申します

自己紹介


先日12/25に約7年間務めたデジタルガレージという会社を退職しました。
「デジタルガレージって広告代理店なの?」と思われた方もいるかもしれません。デジタルガレージは投資、決済、広告などいろいろな事業を行っている東証一部上場企業です。

私は最初から最後までデジタル広告の広告事業をやっているカンパニーに所属していました。
広告事業だけでだいたい500人弱くらいの規模で、東京都と大阪の2拠点あります。

私は新卒2年目からの6年間運用組織に属しており、直近まで広告運用チームのマネージャーとして仕事をしていました。
こちらの業務内容は皆さんがイメージしている業務そのものです。発信しているnoteを読んでいただければなんとなくイメージできるかと思います。
これに加えて、メディアパートナー(媒体社)様との関係値強化の役割も担っていました。
単純なコミュニケーション窓口というよりは、推奨設定の社内推進やインセンティブプランの交渉、成功事例の記事化など、メディアパートナー様とより強固な関係を築くための動き全般を行っておりました。(ということもあり、比較的多くの情報が入りやすい環境にいました。)

<記事の一例>


会社のごく一部のメンバーにしか神宮寺麗子の存在を明かしていなかったのですが、退職の際にオープンにしたので、本名を公開することにしました。
(素性を隠していたのは、単純に恥ずかしかったからで、特に深い理由はありません)

振り返りの際にどういう仕事をしてきたのかをまとめるのですが、はじめにざっくりとまとめておきます。

▼略歴
➢2014年
DGコミュニケーションズに新卒入社(デジタルガレージのグループ会社)
1年間営業として従事。
➢2015年
デジタルガレージに出向・転籍
運用部署に配属。
当時出始めだったインフィード広告の運用チームの立ち上げを上司と2人で行う。
➢2016年
上司が新ミッションで異動になり、自分メインでチームを運営しはじめる。
会社表彰で年間MVPと最優秀チーム賞を受賞。
➢2017年
グループリーダーに昇格
➢2019年
グループマネージャーに昇格
➢2020年
退職


▼なぜ神宮寺麗子を始めたのか?

この疑問を持たれる方も多いのかなと思ったので、一応書いておきます。
今年の8月から神宮寺麗子としてnoteを書き始めました。
最初にいくつか記事を書いてみたところあまりにも無風だったので、慌ててTwitterを始めてフォロワーを増やすことにしました。
現在Twitterは1500人以上の方にフォローして頂けていて、現実世界での友達がとても少ない私にとっては信じられない数だなとすごく驚いています。
話が逸れましたが、神宮寺麗子を始めた理由は以下4つです。

1.後輩への教材を作りたかった
2.より多くのフィードバックが欲しかった
3.自分の経験を棚卸ししたかった
4.新しい働き方に向けての準備


1.後輩への教材を作りたかった


これが一番大きな理由です。
私は今期(2020年4月~)で広告運用という仕事から卒業することを決めていました。(なぜ卒業するのかは、振り返りの最後に書きます)
そのため、私がいなくなる前に後輩たちに私が持っている知見を最大限伝えておきたかったのです。

しかし、人間が一度に覚えられる量には限界があります。つまり、一気に色々教えても覚えきれなかったり、忘れてしまったりするのです。
これまでいろんな知見をドキュメント化してきましたが、結局「必要な時に必要なドキュメントが見つけられない」ため、同じ質問を何度も貰うことが多く、そのたびに過去作ったドキュメントを渡していました。
これはすごく非効率で、時間がもったいないなと思っていました。

そこでnoteというプラットフォームを活用して、「困ったときは私のnoteを一度見てみて」とできるようにしようと考えました。
なので、私が書いているnoteは基本的にチームの後輩たちが直面している問題をベースに、後輩たちに向けて書いています
コンテンツを書くときにペルソナを明確にすることが重要とよく言いますが、毎日目の前にいたので、そこは苦労しませんでした。



2.より多くのフィードバックが欲しかった


私は、毎月「何かしら学んだことを社内に向けて2つ以上アウトプットする」という自分ルールを作り、継続していました。
これはあくまで自分がインプットを怠らないようにするために始めたものだったのですが、社内に共有しても社員数が限られているのでフィードバックの数が少なく、物足りなさを感じていました。
せっかくアウトプットをするなら、より多くのフィードバックがもらえたほうが費やした時間に対する還元が多いと思ったので、思い切って世の中に発信をすることにしました。
(まぁ、いざやってみたら最初は無風過ぎてビックリしたんですけど、、笑)

継続的にやっていくうちに徐々にフィードバックをもらえるようになりました。
想像と大きく違ったのは、ポジティブなフィードバックが非常に多かった点です。
当初は、「この人間違ったこと言ってます。」「そんなんでうまくいくわけないだろ。」みたいな攻撃に合うことを想像してビクビクしながら書いていたのですが、やってみると全然そんなことはありませんでした。


微妙な記事はいいね数や閲覧数も伸びないだけで、良い記事はすぐにいろんなポジティブなリアクションを頂けるので、改善するための材料がすぐに手に入りました。
フィードバックがもらえることで、「自信を持って世の中に発信をできるようになりたい」という気持ちが強くなり、これまで以上にインプットに注力できるようになりました。


3.自分の経験を棚卸ししたかった


学んだことも時間が経つにつれて、忘れてしまいます。
一つ学んで、一つ忘れる。
「それって成長してるの?」と思ってしまいました。
厳密には忘れてはないのかもしれないですが、思い出すのに時間がかかるとするなら、それはとても非効率です。

経験をアウトプットして残しておくことで、いつでも学んできたことを復習できます。すぐに記憶を取り出せます。
そういうアウトプットが積み上がっていくことで、
「自分はこういうことをやってきました」と胸を張って言えるようになるのかなと感じました。(特に私はしゃべりが苦手なので)


4.新しい働き方に向けての準備


コロナウイルスの影響で、リモートワークが世の中に急速に浸透しました。
これからの時代は、「個」としてのスキルが非常に重要で、会社に属するという概念もなくなっていく可能性があります。
また、リモートワークだと教育の難易度が上がり、工数も増えるので、より即戦力採用が増えていく可能性もあると思います。

そうした情勢も踏まえ、「あなたは何ができますか?」と言われた時にきちんと自分の持っているスキルが伝えられるものがあったほうがいいなと思っていました。
これは私が採用をする側の立場としても、もどかしさを感じていた部分です。
面接などで会話をするだけでは、正直どの程度のスキルを持っているかまでは判断が難しく、どうしても及び腰になってしまいます。
これはお互いにとって不幸ですし、時間ももったいないです。
逆に、これまでの仕事をアウトプットしてきたものを見せてもらえれば、採用したいポジションにマッチする人材かどうかを判断しやすくなります。


以上4つが私がnoteを始めた理由です。(特に1つ目と2つ目がメインです)

noteやTwitterを始めてから、これまで以上に情報収集の感度やインプットの質が高まったと感じております。こんなに文章を書くこともこれまでの人生ではなかったので、言語化のスキルや話の要点をまとめるスキルも徐々に向上していってると感じます。今後、新しい仕事がはじまっても続けていく予定です!


▼前編まとめ

今日は私の自己紹介と、なぜ神宮寺麗子をはじめたのか、についてまとめただけで力尽きてしまいました。(すみません!)
次回、本題である7年間の振り返りについて書こうと思っております!

➢次回のアジェンダ
・はじめての自己紹介
・なぜnoteを始めたのか
・7年間の振り返り
・なぜ辞めたのか?
・これから何をするのか?


なんとか年内に書き上げたいと思っておりますので、楽しみにしていてください!


それでは!


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運用型広告に関するnoteを毎週更新 | 広告代理店で広告運用組織のマネージャーをしていました| 都内のベンチャー企業勤務 | 現在29歳 | Twitterもやってます。