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デザイナー、政治学と人類学を学ぶ。 (Intersecting Mobilities) #205

パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Designでデザインを学んでいます。選択科目で「Intersrcting Mobilities」という政治学と人類学の視点からMobilitiy(移動、移動する能力)を考える授業を受講していたので、その学びをまとめてみます。気づいたのは、デザインと文系分野の融合の可能性でした。

ネイティブに英語で敵うはずがなく

毎週「パーソンズ美術大学留学記」と題して、その週の授業で学んだことをnoteに書いていたのですが、「Intersecting Mobilities」にまつわる内容は一度も書きませんでした。なぜなら、一週間というスパンで授業内容を消化できなかったからです。この授業は今までパーソンズ美術大学で受けた授業の中で一番ハードでした。

予習、授業、最終レポートの全てがハードモード

まず、授業の予習として英語の本1冊分(200-300ページ分)を毎週読まなければなりませんでした。日本語でも学術的な本を読もうと思ったらまる一日かかるのに、同レベルの内容を英語で読んでその内容を次の授業で使えるほどに理解していなければならないのです。

また、授業形式は2時間ひたすら議論をするという形式でした。先生からの講義があるわけではないので、講義内容をまとめた資料は一切ありません。全てが口頭で進んでいくので、常に話に集中していなければついていけなくなります。ネイティブ同士の学術的な議論に割って入ることは、今の私にはまだできないことなのだと痛感しました。それでも、何とか授業に貢献するために、予習の時に自分が言えそうなネタを用意しておいて、授業では最低1回は発言することを自分に課していました。

さらに、学期末に最終課題として15~20ページのレポートを書いて提出しなければなりませんでした。ダブルスペースという形式なので実質7~8ページ分なのですが、それでも私の人生で一番長い英文を書く経験でした。いきなり英語で長文は書けないので、まずは日本語で自分のアイデアを書いて15ページ分の文章を書いてから、その文章を自分で英訳して書き上げました。

こうして予習も授業も最終レポートのどれもがハードな授業を無事に乗り切ることができました。

英語力で勝負しない

帰りの駅が同じだった英語ネイティブの人がいて、毎回授業の感想を話しながら一緒に帰っていました。ある日、その人は「この授業は読む量が多くて内容は難しいし、授業もスライドとかがないからついていくのが難しい」と言っていました。その話を聞いてからは「ネイティブでもついていけないのに私がついていけるはずがない」と開き直って、少しでも分かるところがあれば上出来と思うようになりました。完璧主義なんて役に立ちません。

学期の終盤では議論を理解できるようになってきたとはいえ、議論をリードするなんて夢のまた夢という感じでした。もしも英語を使う環境で過ごし続けても、日本語と同じように自由自在に使えるには何十年もかかる気がしました。それでも議論に参加するには量より質を重視するしかありません。議論の潮目を読んで、ここぞの時にこれまでの議論で見逃された視点を言うという自分なりの方法論ができていきました。

最終レポートの提出2週間前には、先生と1on1で草稿を見てもらう機会がありました。私は日本語で書いた15ページ分の草稿とそれを1ページ分に要約した英文を先生に事前に見せていました。1on1の当日、私は「本来なら全文を英語にして見せるべきだったのですが」と言うと、「しっかり準備できてるみたいだから大丈夫。私の方こそ日本語を読めたら良かったのに。」と先生は仰いました。なんて懐が深いのか。

もちろん英語をスラスラ話したり書いたりできるに越したことはありません。でも、相手に日本語を理解したいと思わせるほどの思想を持っていることや、英語力のハンデを補うように準備する姿勢の方が大事なのかもしれませんね。


人文科学とデザインの融合はすぐそこに

マクロな問題をミクロな視点から考える

ここまでは授業形式の紹介をしてきたので、次に授業内容を見ていきましょう。毎週1~3人分のMobilitiy(移動、移動する能力)に関する政治学or人類学の考えが書かれた本や論文を読み、授業でその理解を共有しあうという形式でした。一つの思想を体系的に理解していくというよりは、様々な視点・切り口があることを学んでいった感じなので、授業内容の全てを端的に説明することは難しいです。

ただ、私が学んだことを一つ共有するとすれば、それは「マクロな問題をミクロな視点から考える」という方法です。扱った本や論文では、移民、インドの地下鉄、国境、車、靴などの移動にまつわる題材をエスノグラフィー、歴史、異文化比較などの手法で研究していました。すると、不思議なことに、たとえば車の歴史から現代社会の問題が浮き彫りになってくるのです。

また、各学問ジャンルごとにリサーチの方法は違うことも分かりました。哲学的にひたすら思考する方法もあれば、人類学のように現地の人と生活を共にするエスノグラフィーもある。科学的な手法以外でも世界を知る方法はいくつもあることに気づけました。この学びは、デザインリサーチを進める際にも役立ちそうです。

優れたドキュメンタリー作品は、ミクロな出来事を精緻に描き出すことでマクロな社会問題の本質をあぶり出すことがあります。これと似た構造が人文科学の方法であって、身近なものや概念に着目することで世界全体の本質を暴いているのではないかと思いました。このあたりの学びはまだ上手く言語化できないのがもどかしいですが、いずれ説明できるようにしたいと思っています。


世界はデザインの力を求めている

政治学や人類学などの人文科学は現状を理解・解釈することに長けており、その現状の解決策までも提案している場合があります。しかし、こうした考察が社会に還元されているわけではなさそうです。学問全般に言えるのかもしれませんが、研究と実践の間には高い壁が立ちはだかっています。

そこで、デザインの出番です。アイデアを実際に試してみる姿勢やそのノウハウが蓄積されたデザイン界隈のプロトタイプ文化は、他分野の知見を実社会に活かす可能性があると期待されています。

実際にこの授業を担当していた先生は、Speculative Designの大家であるアンソニー・ダン 、フィオーナ・レイビーたちと共同のプロジェクトに取り組んでいるそうです。人文科学とデザインがお互いに手を取り合う時代は、そう遠くない未来に実現するかもしれません。


まとめ

今学期は哲学、心理学、社会学(政治学と人類学)など多様なジャンルの授業を受けてきましたが、どの学問でもデザインと組み合わさる動きがあることは共通していました。Transdisciplinary Designを学ぶ学生として、デザインと他の学問を掛け合わせる方法を考え続けていきます。


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