メンタルが「健康」な状態とは? (Global Mental Health) #200
パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Designでデザインを学んでいます。選択科目で「Global Mental Health」という授業を受講していたので、その学びをまとめてみます。気づいたのは「診断と治療は科学的なものではなく、文化的なもの」ということでした。
Global Mental Healthとは?
授業名のとおり、世界中の人のメンタルヘルスを考える授業です。この授業で教わったのは、精神医学や心理学の知見だけでなく、文化や社会といった構造的な文脈が与える影響も含めた多角的な視点でメンタルヘルスを考えることでした。
「Global Mental Health」は「Public Mental Health」という概念から生まれました。たとえば、対処だけでなく予防にも取り組む、研究だけでなく実践も重視する、普遍性と文化の違いとのバランスを意識するなどの基本姿勢を共有しています。こうした取り組みを世界規模に推し進める試みと言えそうです。公衆衛生(Public Health)のメンタル版と考えればよさそうです。
グローバルメンタルヘルスという概念が生まれた歴史的な背景は、感染症(Communicable disease)から非感染症(Non-Communicable Disease)が主流になったこと、身体的な病気に比べてメンタルヘルスが未だ重要視されていないことの2つだそうです。また、精神科医、セラピスト、カウンセラーといった"Formal(正式な)"メンタルケアへアクセスすることが難しいという現状があります。
Task Sharing(分業)
この問題に対処するために、"Task-sharing interventions"という方法があるようです。これはメンタルヘルスの専門家以外の人にメンタルヘルスケアの方法を伝えていくことで、アクセスしやすい環境を整えるという方針に基づいています。たとえば、専門医が足りない問題を解決するために、Problem Management Plus (PM+)が考案されています。
PM+とは、深呼吸などのストレス対処法で人生の「ちょっとした困難」に立ち向かう方法を教えるガイドブックです。この方法は、専門医ではなくても一定水準を満たすメンタルヘルスケアができるように設計されていて、もしも重篤な症状の患者がいれば専門医を紹介するという流れも考慮されています。セルフケアと専門家による治療を補うための第3の方法として、"Task-Sharing"の考え方は他の分野にも応用が利きそうです。
Cultural Adaptation (文化に合わせる)
Global Mental Healthの授業ではさまざまな地域(ジンバブエ、バングラデシュ、インドネシア、ネパール、コロンビア、ニューヨークなど)のメンタルヘルスケアの事例を見てきましたが、地域ごとに問題も違えばそれに適した解決策も違っていました。
そこで重要になるのが"Cultural Adaptation"です。これはケアを受ける人が受け入れやすいようにメンタルヘルスケアを相手の文化に合わせようという考え方です。ここでの文化は、国や地域による違いだけでなく、ジェンダー、年齢、コミュニティ、家族、個人レベルの違いも指しています。
Cultural Adaptationを考える際に、文化におけるVisibleな部分だけでなく、Invisivleな部分まで理解できているのかを気をつけるべきだと教わりました。異文化を理解しようとする時に、「何をしているのか」だけでなく「なぜそうしているのか」まで深掘りするといった姿勢を忘れないようにする必要があります。
ある文化特有の病気と治療
"Culture Bound Syndrome(文化依存症候群または文化結合症候群)"というものがあります。たとえば、スウェーデン特有の病気として"Resignation Syndrome(あきらめ症候群)"というものがあるみたいです。日本特有の症状で言えば「五月病」を思い出します。ちなみに、Wikipediaには日本の文化依存症候群として「対人恐怖症」「パリ症候群」などが載っていました。どうやら文化によって発症する症状は異なるようです。
こうした精神的な症状だけでなく、治療法も文化によって異なります。たとえば、アメリカで薬局に行ってもいわゆる西洋的な薬しか売っていませんが、日本では漢方も手に入ります。風邪の初期は葛根湯を飲んで、それでもひどくなったら解熱鎮痛剤を飲むという使い分けをすることもあるでしょう。
病気と治療の組み合わせが文化によって異なることを理解すれば、メンタルヘルスケアにおけるスピリチュアルの意義も理解できます。たとえば、毎年多くの受験生が神社でお守りを買っていますが、試験の合格がお守りで保証される科学的な証拠はありません。「ストレスや不安がある時、日本人は精神科の代わりに神社に行く」というのは、日本以外の国から見たらスピリチュアルに映るはずです。他にも、健康祈願、無病息災、商売繁盛、恋愛成就、安産祈願、家内安全などのお守りがあるように、「不安な時の神頼み」という考え方は日本に根付いています。
文化によって現れる症状とそれに対する治療法も異なるということは、メンタルヘルスを考えるためには人類学や社会学の知見も必要であるということになります。Global Mental Healthの授業を受けることで、Transdisciplinary (分野横断的)なアプローチの必要性を再確認することとなりました。
そもそも、誰が病気と決めるのか?
そもそも「病気」かどうかは誰が決めるのでしょうか? 私もまだまだ勉強中なのですが、ミシェル・フーコーが「狂気」とは何かについて論じた話が参考になると思っています。
彼の考えによれば、現代社会は働けない人・社会的に馴染めない人を「病気」とみなし、それを矯正して社会に役立つ状態にすることを「治療」と呼んでいます。特に資本主義社会においては、経済活動に役立たない人を「病気」とみなして「治療」の対象にします。つまり、何が病気・異常なのかは社会的・文化的な都合で決まっているだけかもしれないのです。
個人的な学びと展望
デザイナーはプロジェクト進行に不可欠
メンタルヘルスを損なう理由は文化・人ごとに異なるので、その都度相手の置かれた状況を理解する必要があります。そこで、問題を理解したり解決策を考えたりするためにデザインが役立ちます。問題を理解するためにはデザインリサーチの手法が使えるでしょう。
実際に、パーソンズ美術大学の「Trauma and Global Mental Health Lab」ではTransdisciplinary Designの学生がプロジェクトに参加しており、デザイナーがメンタルヘルスの領域でも必要とされていることがわかります。授業を担当していた先生は「Global Mental Healthの発展には、デザイナーが不可欠だ」と何度も言っていたので、Transdisciplinary Designの同級生はこの授業を気に入っている様子でした。
外的な要因か? それとも、個人の受け止め方か?
紛争、貧困、メディア、環境問題といったメンタルヘルスに悪影響を及ぼす外的な問題を解決する方がいいのか? それとも、トラウマを治療したり何が起きても立ち直れる精神力を鍛えたりする方がいいのか? さまざまな事例を知ると、この両方のアプローチがあることに気づきます。
デザインは、どちらかといえば外的な要因を変える解決策を選びます。というのも、デザインの前提として唯物論的な世界観があるからです。つまり、世界を物質的に変更すればそのデザインを使う人は幸せになるという仮説に基づいています。一見すると当たり前かもしれませんが、これも一つの世界観、文化でしかありません。
この考え方に対して、心の持ちようで世界の見方が変わるという唯心論的な世界観もあります。この考え方を採用するならば、アプローチするべきなのはモノやサービスではなくて、人間が世界をみる「眼鏡」ということになります。とすると、モノの見方や考え方そのものをデザインすることの可能性も考えられるのではないでしょうか。このように人の心や世界の捉え方を重視するデザインを「唯心論的デザイン」と名付けておきます。
レッテル貼りはもうしない
この授業を受けてから、HSP、内向的、人見知りなどと自分にラベルを貼るのをやめるようになりました。「自分はこういう人だ」と決めつけるのはルサンチマン的な言い訳、劣等コンプレックス的エゴの発露にすぎない気がするようになったからです。
自分の生きづらさを何かの「文化」に託してしまうのは簡単だけど、自分をこういう人だと思い込む必要はないはず。なぜなら、「私」という存在は常に変わり続けていくものだからです。言葉で「自分は○○だ」と定義した瞬間に、「私」という存在を固定化してしまっているのかもしれないと思うようになりました。
「私は○○です」と言っている人を否定するわけではありません。ただ、私自身は「たしかに生きづらさを感じるかもしれない。それでも、自分の力で生きやすい状態にしていけるはず」という姿勢の方を大事にしていきたいと思っていることに気づきました。
まとめ
Global Mental Healthの授業を通して、メンタルヘルス専門医の不足への対応策や、多様な文化を尊重する姿勢を学べました。学びを一言でまとめるならば、「人それぞれに固有の『文化』があり、それぞれに合わせた対応が求められる」ということでしょうか。デザイナーとしてメンタルヘルスに何ができるのか、考え続けていきます。
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