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パーソンズ美術大学留学記シーズン2 Week1 #121

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2021年8月に渡米し、パーソンズ美術大学の「Transdisciplinary Design」に留学してから約5ヶ月が経ちました。5週間の冬休みが終わり、いよいよ今週から春学期が始まりました。

前の学期もほぼ毎週書いていたこの企画。個人的好評につき、シーズン2(2022 Spring編)が始まります!引き続き、アメリカのデザインスクールに留学して学んでいることを書いていきます。


なぜ、未来を思い描くのか?

Project Studio2(以後はわかりやすさのためにSpeculaive Studioと書きます)という必修授業を受けています。主にSpeculative DesignやDiscursive Designについて座学と実技を交えながら学んでいくようです。この授業を表す言葉として以下の2つの言葉が紹介されました。

We cannot work for a betterment we cannot imagine
-Elise Boulding
Craft the worlds you cannot live without, just as dismantle the worlds you cannot live without
-Ruha Benjamin

また、Speculative Designとは何かについて、以下の図が紹介されました。

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図によると、Speculative Designはアート寄りのデザインであることや、デザイン思考とは似て非なるものといったことが読み取れます。何と共通し、何と区別されているのかを見るだけでも楽しい図だと思います。

また、Speculative Designを「まだ存在していない未来の問題に今取り組む」と言っていました。デザインと名の付く以上、問題解決のスタンスは忘れていません。一方、Critical Designは「まだ存在していない未来の問いを立てる」としていて、デザインの手法を使うもののアート的側面がより強いということでした。このあたりの細かな違いは今後肌で理解できるのでしょう。

さて、まだ見ぬ未来の問題を解決するには、未来がどうなっているのかを予想する必要があります。では、そもそも未来とは何でしょうか?この授業では、以下のようないくつかの未来の特徴を取り上げました。

Not Factual
Not Predictable
Not Singular
Not Linear
Not Distributed
Not Extreme
Not Exclusive Of The Present

個人的には、Not Extremeというのが印象的でした。未来を考えようと言われると、ユートピアかディストピアかの両極端な未来を思い描きたくなります。でも、実際にはその間になる確率が高いはず。単なるフィクションで終わらせず、できるだけ「起こりそうな」未来の課題を予め解決することを意識する必要がありそうです。

こうした否定に基づいて未来を描写した後、以下のような定義をします。

Futures are fictions that help to craft visions, shape discourse, build consensus, and formulate plans.

ビジョンづくり、議論形成、合意形成、計画づくりを助けるための虚構として未来を捉えます。虚構(Fiction)と言うように、「未来はまだ存在していない」というのを前提としています。

また、唱えられている未来像として、Three Tomorrows (by Sardar & Swenny)や「Futures Cones」が紹介されました。

1. Extended Present (Extension of Current Trends)
2. Familiar Futures (Future Images All around us)
3. Unthought Futures (Paradigms We Have not yet Entered)

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今が続けば起こりそうな未来や誰もが見たことのある未来(空飛ぶ車など)以外にも、今まで誰も考えたこともなかった未来があるはずで、そんな未来を思い描くことで未来の可能性を広げようとするのがSpeculative Designです。

こうした話題の中で興味深いと思ったのは、「望ましい未来」というのは誰にとって望ましいのか、こうした直線的な時間軸は西洋的な進歩史観ではないかという問いでした。アメリカでデザインを学んでいると頻出するのが、「これは誰の視点か?ある特定の人(白人中年男性など)や文化(西洋的など)だけの視点ではないか?」という内省です。こうした批判はあるにせよ、Unthought Futuresに着目し、できるだけ未来像を多く生み出すことで、実現可能な未来の選択肢を増やすことを目指します。

ただ、今の私たちが想定できる未来には限界があります。そこで、「現在に潜む未来」を見つけることから始めるという方法があるようです。この「現在に潜む未来」をSignalと呼んでいます。すでに統計的に予想可能な "Trend" には表れていない未来を捉える試みです。

Signal: an event or disruption that has the potential to scale or develop
Trend: the general movement over time of a statistically detectable change

未来というのは、全員に同時に訪れるわけではない(Not Distributed)ので、もしかしたら未来の当たり前をすでに経験している人、経験できる場所がどこかにあるのかもしれない。それを見つけるというのがこの授業での課題です。その人たちが抱える問題を解決すれば、いずれ多くの人が抱えるであろう問題を予め解決できるということでしょう。


また、思い描いた未来を共有する方法として、3Dモデリングと映像制作を学んでいきます。今週は先生たちの取り組みから、既製品を組み合わせて架空のものを提示するというのブリコラージュ的な手法などのスペキュラティブデザインの実践例を学びました。

実際には機能しなくても、デザイナーの頭の中にある未来像を共有するためには、まずは実物や映像など目に見える形にしてみる。"Pick up objects from the future"や "make the future tangible"といったキャッチーな言い回しも手に入れました。授業も締めは "Let's play some ideas!" でした。

ちなみに、「スペキュラティブデザイナー」という役職での募集をする会社はほとんどなく、ビジネスマネージャーやデザインストラテジストとして募集し、これらの業務とスペキュラティブデザインを兼務させるケースがほとんどだと聞きました。


Global Mental Health

授業名のとおり、世界中の人のメンタルヘルスを考える授業です。この授業で教わるのは、精神医学や心理学の知見だけでなく、文化や社会といった構造的な文脈が与える影響も含めた多角的な視点でメンタルヘルスを考えることのようです。

「Global Mental Health」は、「Public Mental Health」という概念から生まれたみたいです。たとえば、対処だけでなく予防にも取り組む、研究だけでなく実践も重視する、普遍性と文化の違いとのバランスを意識するなどの基本姿勢を共有しています。こうした取り組みを世界規模に推し進める試みと言えそうです。公衆衛生(Public Health)のメンタル版と考えればよさそうです。

今回の授業では、取り組みの一例としてジンバブエ発のカウンセリングメソッド「Friendship Bench」が取り上げられました。

ジンバブエでは、セラピストにアクセスするのが難しいという問題がありました。その理由は、そもそもセラピストが少ない、会いに行くためには長い距離と時間をかける必要がある、セラピストがいる場所に行くために乗るバスやタクシーに払うお金がないなど、様々な要因によってメンタルヘルスケアが国民に行き届いていませんでした。

そこで、精神科医のDixon氏は、現地のおばあちゃんたちをセラピストとして育成するという解決策を思いつきました。おばあちゃんなら国中に満遍なくいますし、彼女たちの人生経験からもアドバイスができるかもしれません。高齢者を敬うジンバブエの文化も後押しになったようです。

ただ、考えられる課題としては、育成のサイクルが早い(おばあちゃんたちの寿命)、デジタル機器の使い方や専門的な科学的知識を覚えてもらうのが難しいかもしれないこと、おじいちゃんは参加しないのかなど、この方法にも改善の余地があります。それでも、「セラピスト不足」という問題を「たくさんいるおばあちゃん」によって解決したということは評価できます。

メンタルヘルスケアは、他の病気(HIVなど)などが蔓延していると後回しにされやすいという問題を抱えています。目に見えない心の傷にどうやって気づき、そして癒すことができるのか。これがGlobal Mental Healthが取り組む課題です。

この活動は世界中に広がり、ニューヨークでも実践されています。もちろんそのまま輸入されるというわけではありません。おばあちゃん以外の人材も採用したり、英語やスペイン語など多言語対応をしたり、他の公共サービスへの誘導をしたりと、ニューヨーク向けにローカライズされています。

Global Mental Healthを考える時、それはグローバルサウスのような貧しいとされる国の話だけではありません。ニューヨークのような豊かとされる場所でも同様にメンタルヘルスケアを拡充する必要があり、そのための知恵はジンバブエからもたらされることもあり得るのです。


Designing in Dark Times

この授業では、実存主義的な思想を持ち、ナチズムの全体主義について分析した哲学者であるハンナ・アーレントの哲学的思想に基づいて、デザインのあるべき姿を探っていきます。同名の本の著者が授業を担当します。

最初の授業では、"Dark Times"とは何かについて議論をしました。アーレントが生きた時代で言えば、全体主義が蔓延る時代こそが"Dark Time"でした。戦後の思想と言えば、なぜ第二次世界大戦が起きてしまったのか、なぜ民主主義から全体主義へと向かってしまったのかの理由を探り、同じ過ちを繰り返さないための方法についての思想が多くみられます。アーレントはまさにこれらの課題に、歴史の当事者として立ち向かった人です。

たしかに21世紀は世界全体でいえば豊かになっていると言えども、そんな世界の中でも苦しんでいる人や地域もまだまだあって、彼らにとっては"Dark Time"にいると感じているかもしれない。そんな人たちのためになるデザインとは何かについても考えていくことになりそうです。

前の学期で哲学(存在論、構造主義と実存主義)に興味を持つようになり、哲学とデザインをどのように結びつけるかを考えていたので、私にピッタリの授業の予感がしています。


まとめ

以上が、この学期に受講している授業のイントロです。今学期は選択科目が多く、自分の興味を深掘りできそうです。来週以降も学んだことを記していく予定です。それではまた!

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