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9月10日の手紙 さるすべり

拝啓

幸運とは、ドラマチックなことではなくて、
日常にあるものだと思います。

出先のスーパーで生のビーツを見つけました。
初めての出会いです。
珍しい食べ物が好きなので、小躍りしました。
缶のビーツを手に入れてボルシチを作ってみたいと思っていたのですが
生のビーツを入手できるとは思いませんでした。
外見は茶色の巨大な球根です。赤い色は見えません。
うまく調理できるか分かりませんが実に楽しみです。
切り口は赤いのでしょうか。

そうそう、雨に降られかけましたが、
ギリギリで家に辿り着きました。

幸運でした。

2つも幸運がありました。

それから、
まださるすべりの花が街のあちこちで咲いています。

家々の垣根の上から、柔らかく、揺れる、さるすべり見かけると心なごみます。

さるすべりは見て、気持ちの良い花です。

しかし、さるすべりという、
名前はどこか滑稽で、
あんなに良い花の名前のようには思えません。
ただ、枝を触ってみると
名の由来に納得がいくほど、つるりとしています。樹皮がむけているような見た目の幹で、
磨き込まれたステッキのような手触りです。
確かに、猿でも滑りそうな具合と言えます。
名前をつけた人は、可憐な花に興味がなく、この木の素材感を気に入ったのでしょう。
それでも、あんまりな名付け、あんまりな名前だと思ってしまいます。

かといって、百日紅(ひゃくにちこう)と呼ぶのも、少ししゃちほこばっていて、これまた、あの花の良さが消えてしまうように思います。
角張った音があの花のイメージと違うのです。
長く花が咲き続けるから百日紅というのは確かにそうなのですが、固すぎます。

見かけるたびにもっと素敵な名前にしてあげたら良いのに、と思いますが、さるすべりたちは気にしていないことでしょう。
のびのびと咲き誇っています。

さるすべりのひとつずつの花は小さく、決して派手ではありません。
けれど、集まってこんもり咲いていていると、しなやかな強さと明るさがあります。
花の色は、白かピンクです。
ピンクには紅に近いほど濃い色から、
ずっと淡い桜色まで幅があります。
色によっても、ずいぶん印象が変わります。

綺麗だなぁと眺めて、その後に「これもさるすべりだったのか」と思うほどです。
白は清廉ですっきりとしています。
濃いピンクには生命力を寿ぐ誇り高い喜びが、淡いピンクには初々しく瑞々しい可愛らしさがあります。
どの色の花でも、押し付けがましさはなく、
見ていて胸がすくような思いがします。

鈴なりに枝に生えている小ぶりの葉が花の背後にあるので、大きなブーケのようにも見えます。
さるすべりは、ある程度の大きさになると、花の重みで枝が柔らかくしなり、歩道や道路の方へ花が少し降りてきていることが多いのです。向こうから、近づいてきてくれる親しみやすい花なんだなと思っています。

出勤が憂鬱な時でも、元気をくれます。
晴れている時はもちろんのこと、天気が薄曇りでも、雨でも、変わらず、元気に咲いています。

幸運というと、稀なことと考えてしまいがちです。
なかなか無いこと、他の人が持たずに自分だけが持っていること、数十年に一度だけあることなどと、思い込んでしまっていたかもしれません。

よくよく考えてみれば、
幸運に稀なことという意味はありません。
運が良いという意味、それだけです。

その意味で言えば、この夏の間、
色々な場所で、咲いているさるすべりを眺めることができたことは幸運と数えても良いでしょう。
見た回数だけ、心和むことができたのは確かですから。


あなたの街でも、さるすべりの花が咲いていることを祈っています。
さるすべりの花くらい日常的なことでも、気づけば幸運を感じることができますから。

ちなみにさるすべりの花言葉は
「雄弁」「饒舌」「あなたを信じる」
だそうです。
なんだかわかります。
あの花は、とてもおしゃべりです。

それでは。


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