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10月28日の手紙 「鵼の碑」感想

時間が何らかの役割を果たしているという
判断はすべてーー。

京極夏彦 「鵼の碑」 カバー裏より

拝啓
京極夏彦「鵼の碑」を読了しました。
大きなネタバレはしないつもりですが、
ミステリは前提情報なしに読みたいという方はここで回れ右、ブラウザバックしてもらった方がよいと存じます。
またの機会にお会いいたしましょう。

さて、京極夏彦先生の百鬼夜行シリーズ、17年ぶりの新作長編です。
やはり、ファンとしては、「先生」とつけてお呼びしたい気持ちです。
もう、新作はでないのかしらと思っていたので、新作が出ると聞いて、大変うれしかったです。
ファンは、皆、そうではないでしょうか。
しかも、困ったことにというか、うれしいことにというべきか、きちんと「鈍器本」です。
京極夏彦先生の著作は、本を立てても、倒れない、そして、そのあまりの分厚さから、「鈍器本」とか「レンガ本」本と呼ばれています。
今作も正しく「鈍器本」です。

2023年9月14日発売とのことで、仕事終わりに、書店へ急ぎました。
レジの前の新作陳列台には、並んでいません。
ざっと眺めると、平積みで並んでいるのは、観光地のガイド、投資の本、自己啓発の本、名言集などです。
探しているのはそんなものではありません。
「このあたりでは一番大きい本屋でも取り扱っていないなんて!
17年ぶりの新作で?おいていない?
そんなことある?」と軽いパニックを起こしました。
人もまばらな夜の本屋をくたくたの体を引きずって徘徊します。
「ないわけはない」
「ないわけはない」とぶつぶつつぶやきながら、本屋の奥、小説の単行本がぎっしり詰まった本棚の近くに5冊ほど、平積みされています。となりには単行本もおいてありますが、それだけでした。
X(Twitter)では気合の入ったポップがついた写真をいくつか見ましたが、
何もありません。
全く何も。
ぽんと置いてあるだけです。
軽いショックを受けました。
17年ぶりの新作で、結構な人気シリーズだと思うのですが、こういう対応なのですね。
もしかして、ほとんどの方、特に若い方はご存じないのでしょうか。
…そうなのかもしれません。
考えがあぐねたあげく、金色の帯がついた新書版を選びました。
なじみが深いのが新書版だったからです。
ぴかぴか光る金色の帯は、刊行を言祝いでいるように見えました。

「鵼の碑」を入手して、すっしりとした重みを感じていると
本格ミステリ、メフィスト、そして京極夏彦と麻耶雄嵩を最初に教えてくれた友達のことを思い出します。
元気でいるでしょうか。
そしてどこかの地で、この本を手に取って、「久しぶりだなあ」と言っているでしょうか。
薄く笑って、「今回も面白い」といっているでしょうか。
もしかすると、彼女は、新書版だけでなく、単行本も購入しているかもしれません。
百鬼夜行シリーズは小説であると同時に、青春の本なのです。

貸してもらっていた当時は、借りた瞬間から読み始め、徹夜で読み切っていました。
もちろん、今は、そんなことはできません。
確実に仕事で使い物にならなくなるからです。
徹夜をして仕事に行くのは絶対に避けたいのです。
読書よりも優先すべきものができた大人の切なさです。
すぐに読み始めたい気持ちを抑えながら、休みの日を待ちました。

いつも通り冒頭に、膨大で広範囲な引用があります。
今回は「鵼」に関する資料が列挙されているのですが、
これが最初の難関でした。
集中力が持たず、なかなか読み込めません。
必死で、食らいつくように読んでいくことになります。
硬いパンをかじりつき、しっかり咀嚼していくような工程が必要です。
頭が固くなったなぁ、と思いました。
そうやって、ごりごりと音が出るように読んで、1日かけてやっと半分でした。
明らかによむ速度が遅くなっていて、自分にイライラします。
以前の自分なら、この時間、つまり1日あれば、読み切れていたと思います。

内容は期待通り、非常に面白いです。
百鬼夜行シリーズのお馴染み主要メンバーが登場するので、出てくるたびにキャラクター名を脳内で叫んでいました。
「関口!」「関君!」
「益田!」
「京極堂!」「よ!中善寺秋彦!」
「木場の旦那!」「木場修!」
「榎木津!!!!」
京極夏彦先生は、ファンが喜ぶことを見越して、主要メンバーの見どころを作ってくれたのだろうと思います。たぶん。
個人的には、木場修が好きなので、変わらず刑事をやっていて
ぶつくさ言いながら、刑事仲間と飲んでいるシーンがあって、うれしくなってしまいました。
「うん、ちゃんと木場修だ」と思ったのです。
それは他の登場人物についても同じです。
しかし、そこは京極夏彦先生、これまでと「全く同じ彼ら」ではありません。
作品の中では17年経っているわけではないけれど、
これまでの作品で流れた時間は経過しており、
それぞれの事件で得た経験がなくなったわけではありません。
最初の頃の彼らとは、ほんの少しずつ違うのです。
関口は、できるだけ、「自分の内側に落ち込まないように」「明瞭な意識を保つように」努力しているような言動が見えます。
益田は、軽薄ななかでもできるだけ「誠実であるように」、木場修はできるだけ「粉砕にいたらないように」、
あの榎木津でさえ、以前ほど神がかっているわけではなく、「人間らしくあるように」しているように感じます。
京極堂も「憑き物落としをしなくてすむように」していたように感じました。もちろん京極堂はこれまでだって、しぶしぶ、やっていたわけですが、
今作に至っては「古書」である側面が強調され、柔らかい口調の場面が多かったように思います。

今回は、殺人事件が起きるわけではなく、過去に起きた事件とそれに関する失踪者探しがメインです。
ばらばらの小さな事件を追っていくうちに、それが組み合わさっていくという形です。
ドラマチックな殺人事件を期待していた読者は肩透かしを食らうかもしれませんが、
偶然や善意がからみあって、事件が複雑化していく様は、非常に面白いものです。そのまま読み進めていきましょう。
京極夏彦先生の著作を数多く読んでいる読者には、たまらない展開が待っています。

また章の名前は蛇・虎・貍・猨・鵺・鵼となっています。
鵼(鵺)のパーツになっているわけです。
読み進めていくと、それが納得できる構成になっています。

鵺は、今作初登場の「緑川佳乃」という病理学者の章です。
話が進むにつれ、彼女の話も掘り下げられ、関口、京極堂(中禅寺)、榎木津の学生時代に交流があった人であることがわかります。
職業柄もあってか、淡々とした非常に冷静な視点を持っています。
外見は少女のようと別の登場人物から見た視点では書かれていますが、彼女の思考は怜悧でなよなよしさがないものです。
百鬼夜行メンバーはどこか湿っぽい感性を持っていますが、彼女にはそれがないように感じます。
理性がしっかりある榎木津というか、関口の世話を焼いてしまわない京極堂というか…。
インタビュー 
Page 2/2 | 【京極夏彦特集】作家デビュー30周年記念! これまでと今、そして「百鬼夜行」シリーズ17年ぶりの新作長編について語る<ロングインタビュー> | ダ・ヴィンチWeb (ddnavi.com)
を読むと、今後を託されたキャラクターのようです。

「もうすぐ昭和30年になってしまいますからね。高度経済成長時代に入ってくると、今までと同じようなスタイルでは続けられないですよね。もしこの後も続けるというのなら、現代に橋渡しができるようなキャラクターは必要になるでしょうし」

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今後!!
そうなのです。
ぴかぴかの金色の帯には「次作予定 幽谷響(やまびこ)の家」との記載があります。
つまりまだ、百鬼夜行シリーズは続くのです。
生きていく目的の一つができました。
ありがとう、京極夏彦先生!!!

最後に、
冒頭に掲げた、表紙裏の言葉が気にかかっています。
これはどういう風にとるべきなのかなぁ。
どなたか考察されているのでしょうか。
言葉どおりに受け取っていいものなのか、読み終えた後も、
まだ余韻が残っています。

次作までの期間が、どうぞ少しでも短くありますように。


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