【たまに短編】名前を知らない彼女
昨年からブログ開始して、日々アウトプット続けていますが、文章が上手くならない。でも、續だけに気にせず続けて行こうと思う。
小説を書けないので、短編をたまに。
ショートムービーで映像化できそうな感じで一昔前に書いたものです。井の頭線のブランドムービーっぽく。
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【タイトル】
名前を知らない彼女
【本編】
「勝手に憧れて、恋して。ただ、それだけなんだけど。」
井の頭線は無情にもいつも渋谷へ到着する。今日は、席から立つ気がしなかった。騒々しい雑音と、イヤホンからきこえるサウンドが、むなしく自分の中を通り過ぎるようだった。
天気快晴、目覚めもよく、気分上々だった。
ボクのつまらない日常でも、たまに、あがる日がある。そんな日だった。いつもの電車に乗って、次々と通過する景色たちを窓から漠然と眺めていた。急行が止まらない各駅停車の駅にはごちゃごちゃと人の列ができていた。
いつもなら普通に駅を通過していたはずが、一人の女性に目が惹きつけられた。長い髪が風でふわふわっと揺れ、スカートがひらひらっと舞っていた。
その一瞬は、まるでスローモーションのように時が遅延していた。
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天気は良いのに、何て最悪な日なんだろう。
昨日、仕事で事故った。社内宛のメールをクライアントに間違って送ってしまった。内容はクライアントに対するクレームと愚痴みたいなもの。すぐに電話して謝罪した。
「そういう風に感じながら、弊社と仕事されていたんですね。我々もねぇ、がっかりですよ、正直。」
何もフォローできなかった。ただ、ただ、謝罪した。
駅は混んでいた。先頭で次の電車を待っていた。いつものように目の前を、急行電車が通り過ぎる。
眩しい。
車窓に反射する日差しを遮るために、目を隠し、髪をなであげた。
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その日以来、必ず同じ電車に乗ることにした。
翌日も彼女の姿があった。その翌日も。彼女はいつも同じ時間に、同じ場所で待っているようだった。雨の日も、寒い日も、彼女を探してしまう。
毎日、通過する時だけの一瞬の恋。
髪とスカートが舞い上がり、スポットライトが当たり、光輝いていた彼女の姿がボクの心を掴んで離さなかった。その日以来、通学時間がボクの一番充実している時になった。
名前は何て言うんだろう。何歳なのかな。学生と社会人どっち何だろう。彼氏いるのかな。妄想する日々だった。
週が変わった月曜日。彼女の姿がない。がっかりした。その翌日もいなかった。そして、その翌日も。
「もしかしたら、何か事故とかに合ったのかもしれない。」
先週の彼女の表情を思い返そうとした。スローモーションになった一瞬の衝撃以上に、ボクは彼女のことを何も思い返せなかった。
翌日。いつもの急行ではなく、1本遅らせて各駅停車に乗った。今日こそは会いたい。このまま駅に着けばきっとこの車両に乗ってくる。
想いのまま勢いのまま乗ったものの、もし目の前に彼女が来たらどうする。話しかける訳でもない。でも、ボクの事を知ってほしい。
駅に到着した。人が乗り込んできた。しばらくしてから電車は出発した。やっぱり今日も居なかった。
勝手な緊張と落胆が混ざり合い、重い重い溜息をついた。
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「我が社一番のクライアントを逃して、お前はどう責任とるつもりだ!」
確かに私のミスだ。でも、でも、どう責任とるって。
謝罪の日々で毎日が過ぎて行った。同僚は励ましの飲みに連れて行ってくれたが、それで状況も気持ちも変わるものでもない。心の整理がつかない。
一週間休めと言われしぶしぶ休んだ。映画を観ても、スタバでフラペチーノ飲んでも、気持ちはあまり変わらなかった。
井の頭公園を散歩していた。沢山の人に囲まれているピエロがいた。
「大変ですね。」何故か話しかけていた。
「いやいや、大変なんて一度も思ったことないですよ。みんな、笑顔と拍手をくれますから。」と無表情のはずのピエロが、眩しすぎる笑顔で話しているように見えた。
「ピエロさんはミスしたことありますか?」
「もちろんあるよ。慣れてるようにみえてもね、どうしてもミスしてしまうことはあるんです。そのときは自分次第。ミスをミスにみせないで、お客様を楽しませたり。気持ちを切り替えてとことん向き合い、そのミスを繰り返さないように練習したりね。その経験が、今日やこれから先の自分の強みに変わったり、みんなの笑顔に繋がったりすると思うんですよ。」
こんなことを言われると思って話しかけた訳ではなかった。
だからなお更、その言葉がずしっときた。
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つまらないボクの日常に、あの日の衝撃は強過ぎたのかもしれない。
彼女がどうして急に居なくなったのか、あの姿をもう一度見れるなら見たい。
そう思う。
「勝手に憧れて、恋して。ただ、それだけなんだけど。」
井の頭線は無情にもいつも渋谷へ到着する。今日は、席から立つ気がしなかった。騒々しい雑音と、イヤホンからきこえるサウンドが、むなしく自分の中を通り過ぎるようだった。
「財布落としましたよ」
肩を叩かれ、振り返ると、ショートボブの髪型になった彼女がいた。
笑顔だった。
きっと、何かあったんだろう。
だけど、彼女のことはこれっぽっちも知らないし、向こうもボクのことは存在すら知らない。
でも。それでもボクは、勝手に嬉しかった。
【END..】
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