後継ぎと人 西本紫乃-001 2024/06/13-01
以前インタビューした西本紫乃さん。
高校でチアダンスで世界一を経験して、実家は創業100年を超える地元から愛される料亭。今年大学卒業して、その料亭で仕事を始めたらしい。
そんなおもしろそうな状況、記録しておくっきゃないよね企画!
スタート!!!!!
ということで、初回は、チア世界一に輝いた高校時代の話から。
まえがき:qbc(無名人インタビュー主催・作家)
参加いただいているのは西本紫乃さんです。
instagram:https://www.instagram.com/shino.n.too/
先に優勝した時の動画をはっておきます!!!!!
「結局うれしいに着地する」
qbc:チアの話の前に、まずは、最近の調子はどうですか?
西本紫乃:最近の調子、いい感じです。
qbc:何がいい感じ?
西本紫乃:意識的に自分の考えを言葉にするとか、記録として残しておこうっていう気持ちで動けていることが多くて。人に伝えることを結構やってるんですけど、伝わってる感覚が結構出てきています。
お店の中でも、動きが少し変わってきたのが見られていて。自分としても、今の事業や組織を良い状態だと思っています。
qbc:そもそも、誰に伝えているんですか?
西本紫乃:メインで伝えているのは、母親ですね。五代目の女将に伝えています。
伝えている内容は、どういうお店にしていきたいか、自分たちがやっている料亭事業を通じて、どういう瞬間、どういうものを生み出していきたいのかを私なりに考えて、伝えている感じ。
伝えると反応が返ってくるので、私はこう思うというのを五代目女将から聞いて、さらに考えたこと思ったこと、より深まった考えを伝えている感じですね。
qbc:伝えようと思ったきっかけはあったんですか?
西本紫乃:きっかけは…。いくつかあって。
まず1つは、普段の仕事で伝える時間がないと感じていたこと。仕事が始まると、例えばお客様の対応ってなると、お互いの考えを伝え合うことはなく、ひたすら現場で動く感じになる。
毎日それをやっていて、ずっと気になっていたというか。行動で伝え合うのも大事だけど限界があるなと思って、1回落ち着いて話す時間を作らないといけないという気持ちでした。
もう1つは、従業員からの指摘があった。指摘というか、疑問を投げかけられた。
本当に、今五代目と六代目ってちゃんと方向性が合っているのか?という疑問。そういう疑問を抱かせるくらいズレが出てしまっているのかなと感じたので。ちゃんと伝え合う場を設けようという感覚になりましたね。
qbc:お店で働き始めてから、どれぐらい経ちました?
西本紫乃:2ヶ月と2週間、2ヶ月半ですね。
qbc:4月からですか?
西本紫乃:4月から働き始めて、2ヶ月半。早いな、と思ってますね。
qbc:伝えられていい感じというのを、もう少し細かく言うとどんな気分ですか?
西本紫乃:働き始めた当初から思っていたことや、ぶつかるだろうなと思っていた壁にちゃんとぶつかれているなっていう感覚があります。
言わなくても分かるんだったらそれが一番楽なんですけど、そんなうまくはいかなくて。五代目六代目の方向性も、従業員と経営のやりとりも、言わずともこうしていこうと伝わっていて、日々の仕事にもそれが表れている状態なら、超楽だけど。
でも、日々何もそれに対して手を打っていかなかったら、どんどんどんどんズレが起きて、コミュニケーションが取りづらくなってくる。それが原因でお客様への細かなサービスが行き届かなくなる。
いつか起きると思っていたことが、結構早めの段階で起こっているので、それにちゃんと向き合えているのがいいと思っています。大変なんですけど(笑)。大変なんですけど、この状況はいいと思っています。
qbc:壁にぶつかったのが早かった理由ってあるんですか?
西本紫乃:早かった理由…。あーなんだろう、考えたことなかった。
私が気づくのが早かったのはあると思っています。
なぜ気づけたかというと、自分が今やっていることを積極的に外の環境にいる人にアウトプットして、その反応を見るっていうことをしているから。
アウトプットするけど、自分の体、自分の気持ち、心、足は事業承継につけながら、他の人に思っていることを吐き出して意見をもらうみたいなことをして。
それで、俯瞰して自分の今の環境を見た時に、ここ違和感だなって自分の中で気づけているのがあると思います。
qbc:いい感じというのは、喜怒哀楽でシンプルに言うとどんな感じ?
西本紫乃:シンプルに、喜怒哀楽だと…。
qbc:快不快とか、嬉しいとか。
西本紫乃:嬉しい。でもなんか、シンプルな嬉しいじゃないんですよね。
qbc:でも、ベースは嬉しい?
西本紫乃:ベースは嬉しいですね。
qbc:ベースは嬉しいで、その上に何が乗ってる?
西本紫乃:うーん…。苦しいも乗っているし、快不快もある。
一周回って嬉しいみたいな。簡単に表現するなら、何周か回って嬉しいっていう感じなんです。
qbc:土台が嬉しいではない?
西本紫乃:土台が嬉しい…。
qbc:気持ちに土台があるかどうかはちょっと置いておいて。
西本紫乃:嬉しいに行き着く、着地するっていう。
課題にぶつかって、感情もいろいろ動くし、やることもたくさんあるし。やることをやってたら寝れなくなったり、寝る時間を削って取り組んだり。
楽しい時間、例えば友達と話す時間を削って事業に向き合うみたいな感覚もあるけど、その感覚が味わえているのは嬉しいことだよな。ってなって、また辿り着く感じです。
qbc:では、チアのお話を。高校3年間、チアをやっていた?
西本紫乃:はい、高校3年間です。
qbc:チアっていうのはなんだったんですか? 西本紫乃にとって。
西本紫乃:チアとはなんだったか…。
そもそも、チアダンスを踊ることそのものをチアと捉えるか、人間として成長させてくれた経験だとも思っているので、そういう経験の1つとして捉えるか、、それが、チアとはなんだったかに影響してくるんですけど。そういうのは一旦考えないこととして。
qbc:時間も経っているし、当時の自分とは全然違うと思うんですよ。学生じゃなくなっているし、今の西本紫乃からの3年間の経験に対する見方を聞きたいですね。
西本紫乃:チアを通した3年間の経験は、今の自分から見ると、ヒントみたいな感じですかね。
あくまで、ヒント(微笑)。
自分の行動を決めるために、ちょっと借りる情報みたいな感じですかね。
ちょっと進み方分かんないなってなった時に、ヒントを見るっていう。ボタン押してちょっと見て、こうかもって思って、自分の目の前に戻るような感覚です。
qbc:ヒントとしてどんぐらい使えるんですか? オールマイティ? 例えば、結果的に良かったヒントはなんですか?
西本紫乃:なんだろう…。ずーっと、自分が他人にどう見られるかを意識して行動を決めることが多くて。今でもあるんですけど。
チアをやっていた時の自分は、人にどう見られるかという意識もあったと思うけど、今までの人生の中で一番自分がこうしたい!みたいな気持ちで動いていた時期だった。チアの時の真っ直ぐな原動力を思い出して、自分にとっていいなって思う感覚をもっと大事にして選択や行動をすることができる。そういうヒントとして使えているかなと思っています。
qbc:今で言うと、どんな時にそう思いました?
西本紫乃:昨日、アルバイトの学生と母と私で、ワークショップをやったんですよ。今まで一度も職場でやったことのないことで。私から、”お互いのことを知れるようなワークショップをしよう”って投げかけた。
今まで誰もやったことがないので、伝える時に拒否反応を示されることもあると思っていたから、4月の働き始めた当初はやめておこうと思ったりもしたんですよ。
だけど、私が目指している人間関係の状態に向かうためには、こういう対話の時間が必要だなってちゃんと思って。人の目は気になるけど、それよりも大事にしたいものを優先して動いた結果、昨日はいい時間にできたって思えています。
「チアの経験が、ヒント集になっている」
https://www.youtube.com/watch?v=zLow2wcNxn8
西本さんの入っていたのは映画にもなった「伝説」のチアダンス部だ!
qbc:チアを始めたきっかけってなんですか?
西本紫乃:チアを始めたのは、地元の高校に部活としてチアリーダー部があったから。
もうちょっと言うと、中学時代に高校の部活体験ができる行事があって、それでチアを見たのがきっかけでした。
先輩の演技を見た時に、高校ではこれをやりたい!って思って、高校もそこに決めて。みたいな感じで始まりました。
qbc:入学は何年?
西本紫乃:2017年。
qbc:JETSだと何期生なんですか?
西本紫乃:12代目って呼ばれてます。何代目と表現するので、12代目JETSです。
初代が3年生の時の、1年2年3年が初代JETS。そこから、2代目、3代目、4代目と続きます。私が入部した時は、10代目が3年生って感じです。
qbc:JETSが最初に世界大会で優勝したのは、いつだったんですか?
西本紫乃:初代が3年生の時ですね。
qbc:初代から優勝したんだ。
西本紫乃:初代で優勝しました。
qbc:じゃあ、チア目当てで入った?
西本紫乃:チア目当てです。
qbc:中学生で見た時は、どんな気分でした?
西本紫乃:かっこいい…!!って思いました。いま中学の時の語彙に戻った(笑)。
キラキラしてる!やりたいっ…!!って思いましたね。
ちょうど映画「チア☆ダン」が公開される前、もうすぐ公開される!みたいな高まりもあって。この人たちが映画になってるのかぁみたいな気持ち。
私は小さい頃にクラシックバレエをやってたんですけど、その先輩で、私が高校1年生の時に3年生の方がいて。元々同じ環境、同じバレエ教室にいた先輩がJETSで踊ってるっていう。
キラキラしててかっこよくて遠くにあるようにも思うけど、自分の先輩がJETSにいるから近くに感じる、という感覚になって。私もやりたいし、できそう。みたいな気持ちにもなった。
qbc:その感動って、何かに近いですか? それとも、全く比べられないもの?
西本紫乃:チアじゃない場所だと、今の事業承継とか。経営でもチアと近い感覚になったことはありますね。
新しいことを何か始める、新しい環境に飛び込む前に起きてるなって思います。
大学時代も、いきなりドローンの事業開発とか、今まで何も触れてきてないことに触れるのをやってみたけど、開発に向き合ってる人たちや活動そのものがかっこいいな、面白いなって思って。でも、完全な向こう側ってわけではなくて繋がってる想像できる感覚もある。その感動は、何か始める前に起きていると思います。
でも、その感覚はチアと出会う前にはほぼなかったですね。クラシックバレエも始めたのは3歳なので、感覚とか覚えてないです。親が決めて始めた感じ。
バレエは出会った感覚がなくて物心ついたらやってたので、チアが初めてではあります。
「想像していたよりも厳しかった」
qbc:JETSに入ってみてどうでした?
西本紫乃:入ってみて…。
今思うと、想像していたよりも厳しさとか、大変さが。外から見えていたキラキラの中身を見た。キラキラしていないと言ったら嘘になるけど、輝き続けるのってこんなに大変なのか辛いのか、と。
qbc:入部って、テストがあるんですか?
西本紫乃:いや、ないです。もう手を挙げたら入れる感じ。
入部してから、部内のルールとか、何を目指して何を大事にしてやってるのかをまず伝えられて。その後、実際の演技のための基礎、トレーニングも教えられる。
厳しい。想像以上に厳しい環境だったんですかね。
qbc:練習量は? 何時から何時まで練習してる?
西本紫乃:練習は、平日は朝・昼・放課後あって、土日も練習、もしくはイベント。週に1回休みが1日か半日か、みたいな感じですね。
qbc:チアを練習していない日が1日ってこと?
西本紫乃:です。普段の学校の日のスケジュールで言うと、朝7時半から8時過ぎくらいまで30分くらい朝練があって、そこから授業を受けて、昼休みに15分昼練があって、午後の授業を受けて、放課後から夜まで練習する。全体の練習が終わった後も、自主練する感じなので、帰るのは21、22時とか。家が遠い人は、日付超えるか超えないかくらい。
qbc:どこで練習している?
西本紫乃:剣道と柔道の練習ができる武道館があって。柔道部がなかったので、柔道場を借りて、体育館が使える時は体育館で練習していました。
うちの高校の部活はどこも強くて歴史も長いので、体育館は運動部で埋まってるっていう状態でした。
チアダンスの練習は、廊下や屋上や中庭の空いてるところでやってました。教室の机を動かしてスペース作って練習したり、散らばってました。
qbc:15分の昼練は何をしているんですか?
西本紫乃:チアにはアームっていう、腕を決まった形に動かすものがあるんですけど、そのアームを強くする練習、筋トレ、体幹を強くするためにバレエの基礎のバーレッスンとか。あと、イベントの前は、流れやフォーメーションを確認する時間とか。
状況によって変わるけど、その時必要なトレーニングや振りの練習をしていました。
qbc:教室で、制服を着たまま練習する?
西本紫乃:昼練は体育館に行って、スカートを脱いで制服の下に体操服を着て練習みたいな感じですね。
で、ご飯を食べる時間も短くなる。基本、授業と授業の合間の10分休みにちょこちょこご飯食べてっていう生活でした。
qbc:クラスの中に、JETSは何人くらいいた?
西本紫乃:0から10。クラスによって、誰もいないクラスもあれば、9人10人いるクラスもあった。
私のクラスは7人。最初は9人いたけど、7人になった。
qbc:JETSって、1代で何人くらいいるんですか?
西本紫乃:どんどん増えていてバラバラなんですけど。初代は18人いて9人になったかな。
私の代は、一番入部した人数が多くて。38人入部して、最終的に23人になって卒業。なので、結構辞める場合も多い感じですね。私たちが3年生の時は、全体で70人から80人くらいのチームだったと思います。
qbc:高校の1学年は、全体で何人ですか?
西本紫乃:280人くらいだと思います。
qbc:1学年で?
西本紫乃:1学年で、です。
qbc:1年生の時の思い出ってあります?
西本紫乃:38人いた1年生の中で、経験者チームとそうじゃないチームに分かれたんですよ。
経験者っていうのは、元々高校生までにチアをやっていた人か、クラシックバレエをやっていた人。
1年生38人中9人経験者がいて、その9人で1チームが作られて1年間活動していた感じ。私はその9人のうちの1人。
特別扱いっていう感じだったのかな。顧問の先生がどういうチーム編成でいくかを決めるんですけど。その時は、かなり個性的な9人が集められた。
初代の振り付けを担当されたチアダンス協会の理事の方に振りをいただいて、その振りを踊った感じでした。
練習も場所を特別に借りてやらせてもらったり、経験者チームだけがイベントに出演したりしたこともあって、結構特別感のある経験。その時の私の視点だと、そう見えていました。
このチームでもアメリカいけるんじゃね?!みたいな、1年生のチームでもアメリカに行って踊れるだろうみたいな謎の自信が9人の中で生まれていて。その自信にひたすら動かされて、めっちゃ頑張ったみたいな、超青春を生きてた感覚がありますね。まだ、根拠のない自信に動かされていた感覚です、1年生は。
qbc:実際には、実力はどうだったんですか?
西本紫乃:11代目までは、1年生のチームだけで全国大会に出場するということはなくて、私たちのチームが初めて全国大会に出場した。
1年生だけで編成されたチームとしてはかなりレベルは高かったんじゃないのかなと思っています。
qbc:全国大会では、何位に入賞したんですか?
西本紫乃:何位だったっけ?
qbc:入賞は8位以内?
西本紫乃:6位ぐらいだったかな。
1年生の時の作品は、チアダンスの中でもポンポンをずーっと持って踊る、ポンダンスというジャンルだったんですけど、そこに出場するチームってめちゃめちゃ多くて。
qbc:高校野球って1学校1チームじゃないですか。チアってどういうルールなんですか?
西本紫乃:チアは、部門、編成、属性があって。
部門は、どういうダンスを踊るか。
2分〜2分半くらいの演技で、ずっとポンポンを持って踊るのがポンダンス。あとはヒップホップ、ジャズ。全部組み込まれているのがチアダンス。Pom部門とかHip Hop部門、Cheer Dance部門、って言われてます。
編成は、何人で踊るか。人数の多い少ないで、スモール、ミディアム、ラージなどがあります。
属性は、どの年代で構成されているか。高校生で競う、中学生で競う、大学生や一般で競うみたいな。
部門、編成、属性の組み合わせで、競い合う形になっています。
qbc:ということは、1学校1チームじゃなくてもいいってこと?
西本紫乃:そうですね。私が1年生の時は、1軍のチームはチアダンス部門。2軍が、ポンダンス部門のスモール。その他のメンバーが集まったチームは、ポンダンス部門のラージに出ていた。だから、3部門に出場していました。
qbc:みんなが大会に出られるチャンスがあるのは特徴的ですね。
西本紫乃:ですね。一番出たいというか、みんなが目指しているのは1軍でチアダンスを踊ること。
ポンポンを持って踊るのは、応援で使うチアのユニフォームで踊るんですけど。チアダンスを踊るとなると、その演技に合わせた衣装が作られる。アメリカの大会に出場できるのも、このチーム。
チアダンスをみんな踊りたいっていう感じです。
「こんな経験が高校時代にできた」
qbc:2年生では、どんなことしてたんですか?
西本紫乃:アメリカの大会がなかったんですよ。
アメリカの大会の推薦枠がなくなって、大会に出ることができなくなって。代わりに先生が舞台として用意してくださったのが、ニューヨークのカーネギーホールでの公演だったんです。
qbc:えぇ!
西本紫乃:公演に向けて演技を極めていった感じ。目標が、大会で優勝するというよりも、「アメリカでの公演でスタンディングオベーションをいただく」みたいな目標に変わって、頑張り方や目指すものが2年生の時だけちょっと異色だった。
パフォーマンス、表現を磨く。というところに重きを置いていたと思います。
2年生の時は、いろんなイベントが本当にたくさんあって。それこそ、国体が福井で開催されたんですけど、開会式の演技をして天皇陛下の前で踊らせてもらうとか。
あとは、チア☆ダンのドラマ化があって、キャストの方々の前で踊らせていただいたり、E-girlsさんのライブに出演して一緒に踊ったりすることもあって、盛りだくさんって感じでしたね(笑)。
3年間、常にイベントがたくさんあって、盛りだくさんすぎるくらいなんですけど。
2年生の時は、普通の高校生ではできないだろうと感じる経験が特に集まっていた記憶です。
qbc:それぞれどんな感じだったんですか? というか、カーネギーホールってそもそもすごいですけど(笑)。
西本紫乃:そうなんですよ。
qbc:先生もすごいことしましたね。カーネギーホールは、どんな感じでした?
西本紫乃:当時は、カーネギーホールのすごさを理解しきれてなくて。すごいということは分かっていたんですけど。
これまでにカーネギーホールに立たれた方々を調べたりして、私たちはどういう場所で演技をするのか、何を表現するのかをひたすら話し合いました。
カーネギーホールは、場所もですけど、演技を見てくださる人たちも今まで見てくれた人たちとは全然違う。地元でイベントで踊ってる時とはまた違う感覚を持っている人たちなので。
さすがに高校生の頭では想像しきれないけど、でも、今の自分たちをとにかく表そうという気持ちで向き合っていました。
勝ち負けじゃなくて、誰かに伝えることを極めるってこんなに難しくて楽しいんだ、面白いんだって実感した舞台だったな、と思っています。
qbc:ちなみに、なんで先生は話を持ってきたんですか?
西本紫乃:なんでだろう?
qbc:映画とかあったからかな。
西本紫乃:なんでこの話が来たのかは、正直私は分かってないです。他にも一緒に公演をする方がいらっしゃって、音楽などの他分野の日本の方も一緒に来られていた気がする。
qbc:一夜だけだよね?
西本紫乃:一夜だけです。
qbc:今調べたら、カーネギーホールのこけら落としで公演したのチャイコフスキーだからね。1891年、カーネギーホール(笑)。
2年生で得たものってなんですか?
西本紫乃:さすがに、この舞台の重みもあって。得たこと…。
表現を極めるって底がしれないというか。やってもやりきれない。けど、表現を極めることにひたすら向き合い続けると変わることもあるんじゃないかと考えた、感じた。
自分たちがカーネギーホールで公演をしたという事実よりも、公演に向かうまで。振りをつけてくれたコーチとか、舞台までの道を作ってくださった顧問の先生とか、お金の面でも支えてくれた親とか、ここまでチームを繋いできた先輩方とか。何の上に舞台が成り立ってるのかっていうのと、その上で表現を磨くことに今向き合えてることが、ものすごく尊いという感覚を得た感じですかね。
この経験を高校2年生のタイミングでさせてもらえたということは、この後の人生で何かしら、やらなきゃってわけじゃないけど、何かしらの形でまた改めて誰かに届けたいな、するだろうなっていう感覚を持たせてくれた。その時の自分には大きすぎるほどの経験をもらったので、ちゃんとお返ししたい。だけどそれを私にくれたのは特定の人ではないので、自分以外の人や身を置く環境にこれから返していくんだろうな。って思いました。
なんでこんなことが自分(たち)にできたんだろうってちゃんと考える、思考を得た。そんな感じです。
qbc:ちなみに、なんでアメリカの大会はなかったんですか?
西本紫乃:いつも行っていたアメリカの大会、初代から9代目までが出場したアメリカの大会への、日本からのチアダンスの推薦枠がなくなったんですよ。
qbc:ということは、アメリカで予選に参加しないといけなかった?
西本紫乃:大会に出るなら、そういう感じです。日本の大会で3位以内に入ったらアメリカの大会に行けるっていうルートが廃止されたのが2018年の時で。
目標がなくなった状態ではあるので、どうにかしてアメリカで行われている同じように世界のチームが集まっているチアの大会を探そうとなって。私が1年生の時は別の大会、『ジャムズ・オールスター・ダンス・ナショナルズ』っていう大会が見つかって。
また次の年も出れるという保証はなかったので、その段階で別の舞台を用意するっていうことを先生が多分考えていたんじゃないかな。
私が3年生の時は、『ジャムズ・オールスター・ダンス・ナショナルズ』に出ました。1年から順に、アメリカの大会、カーネギーホール、アメリカの大会という形ですね。
qbc:1年生の時に得たものはなんですか?
西本紫乃:「アメリカの大会、うちら(1年生チーム)でも行けるかも!」と言っていたけど、そう甘くなかったっていう(笑)。
挫折ではないんですけど、そう簡単に結果は出ないってことを学びましたね。
qbc:何か出来事があったんですか?
西本紫乃:自分たちめちゃくちゃすごいチームだ!こんなに元気もあるし、個性も尊重し合ってるし、同じ目標のために厳しいことも言い合ってるし。みたいな、ちょっといい雰囲気があったんですけど。
同じ部門に出ているチームは高校3年生がほとんどのチームもあったりして、日本の大会でも1番を取れることはなかったんですよね。
大会の結果でチームの強さが現れることを目指していたから、そこに対しては思うような成果にはならなくて。
関係性に対しては理想のチーム像に近づけていたけど、目指している結果に到達するかはまた別の問題だと気付いた。
頭の中でばっかり、できるできるって思っていたとしても、ちゃんと行動や技術面の成長が伴っていないと厳しいなっていうのを1年生の時に痛いほど感じました。
西本さんはこちらのお店でお待ちしています!
西本さんの以前のインタビューはこちらでご覧ください!
終わりに
ほんとは1時間予定だったけど、これは記録しておきたい! と思って2時間になりました。
この話はまた続きますよ。
制作:qbc(無名人インタビュー主催・作家)
編集:erica(インタビュアー)
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