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短編集

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短編小説集です。無名人インタビュー主催のqbcが書いたもの。
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記事一覧

【雑記】小説を書く上で大切にしていること

1)分かりやすいか? → 分かってもらうために書いているか? ※ 中身が難しければ、読者と作品の橋渡しにさりげなく説明役を置け。 2)理屈は通っているか? → 一つひとつの文に、なぜその文が書かれたのかの理由を説明できる一文が、その作品内中にあるか。 ※ 作品にいらない一文はいらない。 3)文間、行間は意識されているか? → 名ドラマーは一番大事な音を叩かない。読者は書かれていない内容を読み取ることができる。 ※ 脳の認知をなめるな。人間はこれが理解できる。「こんちには 

【短編】妹の手前

 両親違いの妹が、出社してもおはようと言ってくれない会社を嫌になって辞めた。  三十間近の成人にとやかく言うまい。片言。 「生活」 「貯金を切り崩して」  私は妹の引っ越しを手伝って、終えて、知らない町並みを散歩した。坂を下り、赤れんが色の、古めかしい図書館を見つけて入った。統計と音楽。書架をすりぬけたその先に、まだ誰にもふれられていない本を見つけた。文学。まだ日の光をあてられない。手ずれもページの端の折れ曲がりもない。  男性の指先が、若い植物の蔓を乱暴になぞる描写から始ま

【短編】夢見がち

 年上の女性の上司に誘われた。  スペインバルに連れて行ってもらっておごられて、イカのフリットだとかタコのアヒージョだとか、〆にズッキーニとソーセージのパエリアを頼まれて、もう無理だとか思っていたのに食べきれてしまってワインも詳しくて、お店の人に一切質問なしでもちょーマリアージュできてて、まるで女性雑誌そのものだなと思った。  初めて二人きりで食事をした。上司に仕事の話から私的な些事まで詳らかにされて、それから自宅に招かれて、私は断った。 「四十代は嫌い?」 「嫌いではないで

【短編】お気に召すまま

 宇宙人がやってきた。侵略だー。私が中学を卒業した頃。最初アメリカがこてんぱんにやられ、もうダメだね地球、と全世界が哀しみに覆われた時、一人の救世主が現れた。宇宙人の死体を偶然発見した日本の科学者たちが全力で死体を解剖、人類とは違う特異な生体メカニズムを研究応用、通常の人間の何億倍もの力を持つスーパーマンを改造手術によって生みだした。  そのヒーローが私の従兄弟だった。トシオくん。なぜトシオくんかは分からない。ある条件が適合したのだと噂されている。  トシオくんは宇宙人を見事

【短編】さる

 会社のみんなでお酒を飲む席だった。先輩が酩酊の赤い顔で言った。 「さるがお前の好きなアイドルをレイプするぞ」  意味が分からなかった。だが僕は嫌な気分になった。さるがそんなことをするわけがない。けれど言葉というのは怖いもので、言ったその場から頭の中に先輩に言われたその様子を思い描いてしまうのだった。  先輩は続けた。 「お前はそれを救えるのか?」  起きてもいない災厄を僕が救えるのか。分からない。  実際は大して好きでもない、メディアの中のアイドルが誰かに凌辱される。そん

【短編】最後のデザート

 オナニーして一息ついた。チャットセックスだった。興奮が止みきらず右人指指がかすかに揺れた。私はイスから立ちあがった。お茶を飲むために電気ポットのスイッチをオンにした。  席に戻ると、彼(もしかしたら彼女なのかもしれないけれど)がこうチャットしていた。 「こんなに自分と合う人は初めてだ」 「私も」  と私は返した。  彼とは三か月の付合だった。インターネットサービスのストリーム放送のコメント欄で、チャットツールのアカウントを交換して、すぐに、こうして、オンライン上で交情する関

【短編】脾臓

 上司に言われた。 「謙遜するなよ」 「してないです」  難易度が高いと社内で思われていた部署横断プロジェクトを私が完遂させた。期待以上の成果で。  私はもう一度、謙遜してないですと手振付で強調した。何しろ私は父親の体に入りこんだ「私」であるという意識なだけであって、実際の意思決定は行っていない。思考し、判断を下しているのは私の父親だ。  分かりにくい話だ。始まりは小学五年生の時だった。頭の中でこう声がした。 「脾臓だ。そしてお前の父だ」  説明。まずこの体自体は父親の肉体

【短編】ばいばい

 キョウヘイが小学校でいじめられているのだそうだ。キョウヘイはカワサキの息子だ。カワサキは小学校時代の私の友人だ。私はキョウヘイを不憫に思った。  だから私はカワサキに打診した。 「ドライブにでも連れて行こうか」  日曜日に東八道路を西に。近所ですこしは話題にのぼるラーメン屋にでも連れて行こうと思った。東京都下の道路は割合混んでいるけれど、たかだか三〇分ばかりのドライブ。  私は学校では運動も勉強もそこそこ。一人っ子のせいか交際もヘタで、学校生活をまるで楽しめなかった。そん

【短編】姉の話

 夜に目が覚めたら泣いていた。かけ布団が重い。寝返りをうつ。枕に顔をこすりつけるとシャンプーの香りがした。五年前に姉が自殺した理由が分かった。  ぼくの人生は散々だった。十二歳の時に母が交通事故で、その一年後に父が急性アルコール中毒で死んだ。そして引き取られた先の叔父が働いていなかった。母の兄で、祖父の遺産で遊び暮らす、悪い人間だった。  マンションの八階で生活した。学校から戻ると叔父がいて、ぼくと姉に家事をすべてやらせる。叔父の奥さん――叔母は叔父が嫌で家にいなかった。ぼ

【短編】絵

 二十歳の恋人ができた。私三十八歳。江東区のガールズバーで知り合った。彼女は文化服装学院に通っている。  九月の連休に東京駅から出ている特急しおさいに乗って旅行した。総武本線を東へ銚子のほう。乗車時間二時間ばかり。話した。 「どうして十歳以上も離れた男を好きになったの」 「やさしいから」  女性の口から本心が聞けるとは私は思っていない。私が彼女のことを気に入ったのは世代が違ったからだ。生への視座も世界との交わり方もまるで違う。同世代に期待するような、自分と同じ成熟度合を求めな

小説:相性

本文スーパーで鯖買った。絹ごし豆腐も買った。青魚のDHAと豆腐のイソフラボンは相性がいい。確かどこかで見た。 家に帰って鯖をぐずぐずに味噌煮してやろうかと思ったら、テーブルの上に一枚の絵があって気が殺がれた。A4サイズのコピー用紙に印刷された絵。 目を見つめあわせた二人の女性。首から下は描かれていない。頭部が大写し。たぶん、ちゃんとした画材で描かれた絵だ。髪の毛の一本一本まで見分けられる。色はちょっとうすぼんやり・淡い。 この絵を僕は知っていた。今ネットで話題になっている。た

【短編】出産後五十倍に伸びる

 うつ病のやつら非生産的だから死ね。  老いぼれども地獄へ落ちろ。  女なんだから子供を産むのが当然だろう。  女は出産後五十倍に伸びる。  事あるごとに言う父親の口癖が、それで、嫌で、私は父を殺したくなって、それは思春期に顕著で、たまらなく、嫌で、苦痛で、父の言葉を聞くと頭がしびれそうになって、苦しみたえがたくて、嫌で、嫌でたまらなくて、私は、成人すこし前に家出をした。 「男か女か分からない顔の男だから、いいね」  と言われた。そう出会い系サイトで言ってくれていた十歳年上

【短編】認められて

 へらへら笑うまにまに恋愛した。  就職先を聞いては多少の顔の良し悪し度外視で体を預けた。  でも会社経営者にはびびって手を出せない瀟洒な酒場など。  知っていた。私は二十七歳の未熟で・学校でもミソカスで・会社員になっても失恋して。で傷心旅行の途上で逆上して元情人に写真メール送付を繰りかえしたり・それをソーシャルネットワークで開陳されたり。未だ世情の深意が掴めない。株式会社東京ふるさと産業機構。ここ私の会社。地方名産ギフト専門通販会社。  機構には承認課という部署がある。私は

【短編】元図書委員長

 タクシーから降りた。午前中。用事があってある街に来た。この場所は二度目。僕の元妻が住んでいる。  アパートの一階。インターフォン押す。何度か押したが出てこない。携帯端末で連絡すると元妻が出てきた。 「壊れていたみたい」  日常生活がおろそかな人。変わっていない。  元妻訪問という社会通念に照らせば避けるべき行動は、現妻の目論見だった。  僕が悪かった。元妻も現妻も中学生の同級生なのだが、先日母校付近に立ち寄る機会があり、その際に僕は元妻が元図書委員長だったことを思いだした