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【小説】弥勒奇譚 第十八話

弥勒はその夜久しぶりにあの夢を見た。
場所は龍穴社のようだが見慣れない建物から普賢が出てきてやさしく微笑みながら手招きをする。何であろうとその建物に入るといま作っている薬師如来が奉られている。
普賢が灯明を上げるとパッと明るくなり浮かび出た薬師如来を見るとなんと彩色が施されていてしかも息を飲むほどの美しさであった。
弥勒は夜も明けやらぬ内から起きだして夢で見た薬師如来の彩色を写し取った。写し取ったと言っても高価な顔料を持っている訳も無く、色の名称を細かく書いていくのが精一杯であった。
「どうしたこんな早くから仕事か」
「起こしてしまいましたか申し訳ありません、先ほどまた夢を見まして」
「今度はどのような」
「彩色も済んで完成したお姿でした。お姿を忘れないように書き写しているところです」不空は弥勒の手元を覗き込むと顔料の無いことに気が付いた。ゆっくり立ち上がると自分の荷から何かを取り出して弥勒の前に置いた。
「顔料だ。あまり色数は無いが使いなさい」
「ありがとうございます。やはり実際の色付けがあると無いのでは随分違います」
「しかし色付けは絵師に頼んであるのでそのうち来るだろう。絵師がおまえの書いたこの図面を使うかどうかは分からんぞ」
「はあ、それについては今思いついたのですが、
私に色付けまでさせてもらうことは出来ないでしょうか」
不空は少し困った顔をした。
「うちのところではお前も知っての通り彫る者と
色付けする者は明確に分けてあるからな」「もちろん良く分かっています無理なのは。しかし今回だけはお許し願えないでしょうか。
どうしてもこの仕事は最後まで自分の手でやり遂げたいのです。やれる自信もあります」不空はいつもとは違う弥勒の様子に驚いた。
いつもは間違っても自分の要求を押し通そうとするような言動はしない男だった。

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