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【小説】弥勒奇譚 第十四話

「ときに弥勒殿の数珠はあまり見かけないものだが
どちらのご宗旨かな」
「この数珠は以前お話しましたが、寺に預けられた折に私が持っていたそうです。出自の手がかりになるのではないかと肌身離さず持っておりますがどこの物かはいまだに良く分からないのです」
「前から気にはなっておってどこかで同じものを見た記憶があるのじゃがどうしても思い出せんのだ。まったく歳は取りたくないものじゃて」
「数珠のほかには何か手がかりはないのですかな」
「ほかには何もありません。ただ住職の話では
私には随分と年の離れた兄がいて、預けられたときにも母親と一緒に来ていたそうです。それと兄の名は文殊と言っていたそうです」そのとき不動の顔色が俄かに変わった。
「文殊ですと、そうかそうでしたわ」
「不動殿どうされました」
「弥勒殿があの夢を見る訳が分かりかけてきましたぞ。
いつぞやお話した禰宜の事はご記憶か」
「娘子を亡くされたと言う」
「そうじゃその禰宜の名前が文殊だったのよ。
それで思い出したのじゃが文殊は弥勒殿がお持ちの数珠と同じものを確かに持っていたのじゃ。どこかで見た事があるはずじゃ」
「兄がここに居たと言うのですか」
あまりに急な話で呆然としている弥勒に不動は確信に満ちた顔で語った。
「名前だけでは同じこともあろうが数珠が何よりの証拠じゃ。間違いあるまい」
「では亡くなった娘はわたしの姪になると言うことですか」
「恐らく間違いあるまい。それで夢の中で導いて
くれておるのだろう」
なんと言うことであろう、いまの今まで全く手掛かりらしい手掛かりも無かった出自も夢の謎も一瞬にして解決したかのように思えた。
「しかし、世の中にこのように不可思議なことが本当にあるのだろうか」弥勒は力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「しっかりなされ。そなたはここに来て仏像を彫る
運命だったのじゃよ。そうとしか考えられん。死んだ姪御の魂がここまでそなたを導いて来たのじゃ」
「姪の名はなんと言いました」
「普賢と言うてな、それは美しい娘じゃった」
弥勒の眼からはなぜか涙があふれ出て止まらなかった。

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