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【小説】真神奇譚 第二十三話(完)

 「やっぱり最後は誰しも生まれ故郷に帰りたくなるんでしょうかね。あっしもますます阿波の国へ帰りたくなってきやがったぜ」
 「別に私を待たずに早く帰れば良かったではないか」
 「そうは行きやせんよ。それじゃ旦那への義理が立たないじゃありやせんか」
 「よく言うよ、もう明日には帰ろうとしていたくせに」
 「姉さん、それは内緒にしてくれる約束でしょうが、ひどいな」
 「自業自得だよ、それから旦那はどうされていたのです」
 「うむ、龍勢の村も若者が減って難儀をしておったので普請や力仕事をしておった。そんなこんなでもうここに骨を埋めようとまで考えていた矢先、気の緩みもあったのだろう、あの日光と月光に見つかってしまってな」
 「またあいつらですか、嫌なやつらですね全くもって。男の執念深いのは嫌われるのを知らないんですかね」
 「評定では死罪の可能性もあったが与兵衛殿が尽力してくれて追放処分となった」
 「旦那は残念だったかもしれませんが、あっしは嬉しいなまた旦那とこうして会えたんですからね」
 「なに、そうでもないさ。本音を言うと私も剣の山が恋しくなってきたところだ。それに里の中で聞いた話では同じような隠れ里が他にも何か所かあるそうだ」
 「そうか」話を聞いていた眩次は突然立ちあがって叫んだ。
 「なんだい、驚くじゃないか。突然大声出しちゃ」
 「姉さん申し訳ない。それより旦那、もしかしてオオカミの噂があったところは隠れ里の入り口があるんじゃないでしょうかね」
 「私もそう思っていたのだ。お前にしては上出来だ」
 「こいつは面白くなってきやしたね。九州や紀州にもう一度行って確かめなきゃいけませんね、旦那」
 「そうだな、でも一度阿波に戻ってからだ。隠れ里は逃げないからな」
 「そうしやしょう」
 「なんだかんだ言っても二人は良い取り合わせだね。でも寂しくなるね」
 「姉さんも一緒に来ませんか。皆で阿波踊り見物でもしやしょう」
 「そう言ってくれるのはありがたいけど、やっぱり止しとくよ。あたいは三峰の縄張りを守らなきゃいけないしね」
 「じゃ旦那、善は急げって言いますから早速出発しましょう」と言うや否や眩次は表に飛び出して行った。
 「待て待て眩次よ、もうそろそろ夜も明ける。出発は明日にしようじゃない」
 「それじゃ今日は姉さんとじっくり名残りを惜しみやしょう」
 「あたいは湿っぽいのはごめんだからこれでおさらばするよ。それじゃ旦那お達者で」
 「お雪さん、世話になった。お前さんも元気でな」
 「眩次、あんたもしっかり旦那のお世話するんだよ。じゃあね」
 「姉さんおさらばです。姉さんまた会いに来ますよそれまで待ってて下さいよ」
 お雪は振り向かないまま尻尾で最後の別れの挨拶をした。
 二人はお雪の姿が消えるまでずっと東の空を眺めていた。  

               完

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