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【小説】真神奇譚 第十五話

 小四郎は五郎蔵を背負ったまま結界の中を駆けた。背後から日光と月光の気配が追ってくる。短いようで長いような時間が過ぎついに二人は結界を抜けた。真冬のはずであったが隠れ里の中は春のように暖かで心地良い春の風が吹いていた。結界の出口は高台の上のやはり祠の鳥居の中だった。夜明けまではまだ間がある、眼前は漆黒の闇に覆われていた。
 小四郎は暫し茫然と下界の闇を見ていたが、追手の気配で我にかえった。小四郎は追手を欺くために足跡や匂いに細工を施して山の上に昇って行き繁みに身を隠した。
 「五郎蔵さん隠れ里に入りました、追手を撒くまでもう少し辛抱してください」
 「すまんの。しかし時機に夜も明けるからしばらくここで休もう」
 日光と月光の足音が遠ざかって行くと今までの疲れが一気に出たのか小四郎も五郎蔵も眠りに落ちた。
 小四郎が気配を感じて目を覚ますと五郎蔵はすでに起きて一段高い場所で夕日を浴びながら里の景色を眺めていた。
 「なんてきれいな景色じゃ外は真冬だと言うのにこの新緑の美しさはどうだ桃源郷と言うところがあるならここがそうなのかも知れんな。長年待った甲斐があったよ」五郎蔵は眼を潤ませながら小四郎を振り返った。小四郎もゆっくりと五郎蔵の隣まで上がって行くと暫し二人で夕暮れの景色に見とれた。
 「五郎蔵さん随分と回復しましたね」
 「世話をかけたがもう一人で歩ける大丈夫じゃ。この里には体力や気力を回復させる何か不思議な力があるのかもしれんな」
 「隠れ里には入れたがこの先どうしますか。恐らくよそ者が入ったと言うことで警戒も厳重になっているだろうし」
 「わしの一族は二つ名と同じ龍勢と言う里に住んでいるはずじゃ。そこを探して行くしかあるまい」
 「探すと言ってもどうして探しますか。人に聞く訳にもいかないでしょう」
 「とにかく山を下りるとしよう。ここに居ても埒は明かんじゃろう」二人は用心深く辺りを警戒しながら山道を下って行った。幸いなことに誰にも会うことなく開けた場所まで下りてきた。どうやら近くに小川が流れているらしく、せせらぎの音がどこからか聞こえている。
 「五郎蔵さん川だ」二人は今まで忘れていたのどの渇きに気が付いた。そう言えば隠れ里に入ってからろくに水も飲んでいなかった。二人はせせらぎの音のする方に駆けて行きのどを潤した。
 ひとしきり水を飲み終えると、少し離れた小川の対岸で水を飲んでいる年老いたオオカミが居るのに気が付いた。対岸とは言え容易に飛び越せるくらいの川幅でもう隠れる余裕も無かった。
 「こうなっては仕方がない、腹を決めてあのご老体に道を聞こう」そう言うと小四郎は軽々と小川を飛び越えて近寄って行った。
 「もし、道を教えてはくれませんか。龍勢と言う里はどのように行ったら良いでしょうか」相手に考える余裕を与えまいと一気に喋った。相手も少し面食らった様子だったがすぐ落ち着きを取り戻したように見えた。
 「龍勢はこの川を下って行けば、そうさな夜が明ける前には着くとは思うがな。お前さん見かけない顔だがどこから来なすった」年寄のあまりにも何気ない問いかけに小四郎はつい本当のことを喋ってしまった。

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