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さやかの地球誕生日記ーSenseの章ー

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日々、大好きな地球で生きてみて感じるままを書いていく地球誕生日記のなかでも、さやかのSenseから広がった世界を記してあります。
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2019年3月の記事一覧

新芽。

新芽。

この時期の新芽は、とてもセクシーだと思う。
実物のいろは、もうすこし優しいみどりいろ。

でも、大好きな暮れゆく時間のお散歩タイムに出会ったから、輪郭はそのままに生命のシャープさを増す、陰の世界に入るまえのいろ♪

花ひらく前の蕾はセクシーというよりも祝福と期待に満ちていて、溢れんばかり。
でも、ひらく寸前の子は、シャイだと思う。

春の生命は、素直にやわらかで心地よい^ ^

色づいて、

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わたしのなかのあかいろ。

わたしのなかのあかいろ。

子どものころは、食べものというよりも、色を食べて生きていたきがする。

からだにいいとか、悪い、とかよりも。
美味しい、とか、美味しくない、よりも。

その色が、からだにシンプルに染み込んでゆくのが、わたしには大切だった。

はじめのうちは、白ばかり食べていたようなきがするけれど、言葉を交わせるようになり、物心のようなものがついて自分の世界で生きるようになってから、とくに好んだのは、赤色だ。

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いのちのHomeは美しい

いのちのHomeは美しい

とてもとても、大切にしたい言霊がおりてきた。

わたしの言う、「おりてきた」というのは、どこか遠い宇宙からとか、素晴らしい神々から、とか、偉大なる何かからもたらされるなにか、とかじゃない。

種としてずっと、自分のからだに、いのちに、魂に、生まれたときから息づいていた音が、人間さやかが生きるなかで、人間さやかの生の鼓動を打つ言葉になったそれのことを、わたしは「おりてきた」と言う。

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いのちの熱と核の火。

いのちの熱と核の火。

自分を生きるっていうことに、人間は知らず知らず、いのちを懸けているなぁと、時々おもう。

まことしやかに'正解"みたいに言われるようなことがあって、それが多数に受け入れられ、ある時代、世界を動かしながら、大きな絵を描いたとしても、その"正解"そのものは、本当はそんなに大したことじゃなくて(たとえそれで虐殺や戦争が起きたのだとしても)、本当のところは、みんなただ、生きている‥‥人間の場合はとりわ

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