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初心者でも3年あればゲームの話題作をリリースできる、という2つの実例

初学者がクリエイティブに打ち込むためのヒントを探ろう

ゲーム開発であろうとなんであろうと、誰もが最初は初心者から始まります。

そしてゲーム開発において、全くの初心者でも、エンジニアでなくても、キチンと努力すればゲームを完成させ、また作ったそのゲームが話題を呼ぶこともできます。

では、そこに辿り着くのにどれくらいの時間を要するでしょうか? これまでいろいろな人を見てきた中で、誤解を恐れずに言い切るなら「3年間作り続けていれば、きっとチャンスは来る」と思っています。

なぜなら、そう思わせる事例がここに2つあるからです。今日はその事例、つまり二人のゲームクリエイターについて紹介したいと思います。もちろんこの彼らも、最初は初心者からスタートし、そしておよそ3年間作り続けて話題作をリリースした人たちです。


『Back in 1995』一條貴彰さん

まずは一條 貴彰さんのストーリーから。

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一條さんは元々、株式会社CRI・ミドルウェアの営業職だった方で、ゲーム業界の人とはいえエンジニアではありませんでした。

そんな一條さんが2013年に個人のゲーム開発者を志します。

キッカケはUnite Japan 2013での「僕らがUnityで個人開発を始めた理由」という講演を見たこと。

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元々別のプログラミング言語ゲーム作りをやっていたものの、この時点では一度は挫折していたところでした。しかし、個人でゲーム開発をして成功を収めた事例を聞き、再びゲーム作り挑戦しようと一念発起。


一條「ゲーム開発の経験が少なかったので、まずは小さな作品の開発と学習からです。技術書を読みながら、いくつもプロトタイプを作っては知人に見てもらい、さまざまなジャンルを試作していました。最初の1年は地味で孤独な時間ですが、これが後々の活動の幅に効いてきます。
また、当時はサラリーマンだったので、勉強と開発には業務終了後と土日の時間を主に使っていました。勤務先の近所にあった受験生用の学習室を契約して、仕事が終わったあとは終電までそこで開発を行う二重生活をしていました」


そこから2年後の2015年。一條さんは自作のゲームのトレイラーを発表します。それが『Back in 1995』という作品です。

当時もレトロスタイルのゲームが人気を博しており、インディーゲーム界隈でもドット絵の2Dゲーム作品が沢山ありました。しかしプレイステーションやセガサターン世代のレトロポリゴンゲーム作品はまだ無く、そこに一條さんはチャレンジしたのでした。


一條「ピクセルアートスタイルのインディーゲームは大好きで多数遊んでいたのですが、私にとってのゲームの原体験である32bit世代、ポリゴン黎明期の表現に挑戦している人は当時いませんでした。『だれもやらないな』と思って試しにプレイステーションの描画を再現するシェーダーを作ってみたところ上手くいったため『これは特定の人の癖に刺さる!』と確信してこの道を進むことにしました。
『Back in 1995』のトレイラー映像を初めて出したのは2015年4月でしたが、同時に日英でプレスリリースを出したこともあり、国内外の多くのゲームメディアに取り上げていただけました。その後、ゲームとして動くものが見せられるようになり、パブリッシャーがついて販売の目途がたったので、フリーランスとして独立しました」


さらに1年後。2016年4月に『Back in 1995』はついに完成します。ここでUnite Japan 2013からちょうど3年が経過していました。

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https://backin1995.com/


一條「初心者からスタートした私がまず注力したのは、学習時間の確保と、手を動かすことです。ゲームエンジニアとしての業務経験がない弱点を補うべく、沢山の技術書を読み、開発力をつけることに注力しました。初心者本から始まり、『Unityで覚える遊びのアルゴリズム』など、アドバンスドな本を中心に学習を重ねました。また、『O'Reilly プログラミングC#』や『C#ショートコードプログラミング』など、C#の言語に関する書籍が大きな支えになりました。昨今はUnityも様々な動画教材を発信していますが、その他のWeb上の情報はどうしてもクオリティと正確性にムラがあります。基礎を体系立てて学ぶには技術書が一番早いです。
その積み上げの結果として、『Back in 1995』はSteamやNintendo Switch向けにリリースできました。もともとニッチなジャンルですから超大ヒット……とはなりませんでしたが、2021年現在、数多くのクリエイターがレトロポリゴンゲームをリリースする良い時代になりました。僕自身は、現在は全く違うジャンルのゲームを開発しています。

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https://throwthewarpedcodeout.com/DRKK/

これまでの活動からの経験として学んだのは、パブリッシャーへのプレゼンやニュースリリースなど、開発以外の活動もゲームのリリースには超大事ということです。これが間に合わず、いくつもチャンスを逃したように思います。リリースに向けては公式サイトやトレイラー動画、プレスキットなどを作る時間も必要です。しっかり時間を確保して、慌てずに取り組まなくてはなりません。
肝心のゲームについては、どんなに小さな規模であっても『いまだ誰も挑戦していないこと』があると強いと思います。これはUnity Japanの大前広樹さんの受け売りですが、『楽しむ心をデザインする』という言葉があります。ゲームがマーケットでバズる・バズらないだけで見るのではなく、あるプレイヤーが『遊んでいて楽しい!』と感じる仕掛けから、作るものを描いていくのが良いと考えています」


『触手を売る店』Achamothさん

続いて、Achamoth(アカモート)さんのストーリー。

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Achamothさんは元々『RPGツクール』でゲーム制作をしていましたが、自身のゲームをスマートフォンでリリースしたくてUnityを触り始めます。


Achamoth「最初は文化史を元にした物語を表現したくてゲーム制作を始めました。RPGツクールはプログラミングの知識がなくてもゲームを制作することが出来て、目的を達成するに充分なツールだったのですが、いくつか作品か作るうちにゲーム制作そのものが好きになりました。
もっと柔軟なグラフィック表現をしたい、もっと広い市場でゲームを公開したいといった願望が生まれました。それらを叶えてくれるのが Unityだったのです」


しかしエンジニアでないAchamothさん。さらに周囲にもUnityを使っている人がおらず、どこかに救いの手を探す日々だったようです。

そんな時に見つけたのが、2018年夏にUnity Japanが開催した地域巡業型もくもく会「Unityわくわくキャンプ」でした。

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このイベントにはUnity Japanスタッフも同行しており、その場にいる者同士で質問などをし合うことができたました。Achamothさんは参加し、自分が作るゲームをUnity上でどう再現するかをスタッフに質問したといいます。

Unityわくわくキャンプは全国各地で開催されましたが、Achamothさんは関東圏で開催された3回すべてに参加。少しずつ開発を進捗させては新たに出てくる質問を次のイベントでスタッフに尋ねる……ということを繰り返しました。


Achamoth「Unityを習得するにあたり、最初は全てが手探り状態。画面の見方さえわからず、初心者向けの技術書をノートに写してやっと理解していました。エンジニア経験のないわたしにとって、何よりの課題はプログラミングでした。
そんな中、Unityわくわくキャンプの開催は渡りに船でした。書き途中のコードを見てもらって相談できる環境は、わたしにとって大変貴重でした。Unity初学者の人たちとの交流も心の支えになりました」


その後、独学を進めながら、「デジゲー博」などの同人・インディーゲームの展示会で試遊版を出展し、ブラッシュアップを重ねてます。2021年6月、アプリマーケットに『触手を売る店』を見事にリリースすることができました。

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https://shoptentacles.wordpress.com/


Achamoth「展示会はデジゲー博、東京ゲームショウ、ぜんため、夏コミなど出られるイベントは全て出ました。目の前で来場者にゲームを遊んでもらったことはかけがえのない経験です。また、開発者同士の交流も生まれました。現地イベント開催が難しい昨今ですが、本当に多くの体験ができる場なので早く出来るようになって欲しいです。

思い描いていたゲーム性や世界観を初学から実装するのには3年かかりましたが、なんとかやり遂げ、リリース1ヶ月以内に1万ダウンロードを達成。たくさんの反響を得られました。AppStoreに自分の作品が並び、思い描いた世界が多数の人たちのスマートフォンにインストールされたのだと思うと感無量です。アップデートや新作企画も進行中なので、Unityにはこれからもお世話になります」



自分なりのクリエイティブ活動を探してみよう

今回のストーリーは「ゲーム開発にはそれだけの時間が掛かるから、初心者はゲーム開発なんてしなくてよい」ということが言いたいわけではありません。

何が言いたいかというと、3年を費やすそのモチベーションの凄さに賞賛を贈りたく、そして3年を費やすとここまですごいことを成し遂げられるんだと、多くの人に伝えたいのです。

もちろん、お二人が3年間をゲーム開発だけに費やしたわけではないでしょう。ゲーム開発が専業ではありませんから、他の仕事などをしながら開発を進めてきたのです。

しかし、ゲーム開発専業ではない、エンジニアでもない個人でも、初学者から始めてここまで到達できることを証明してくれました。


一條「おっしゃるとおり、3年全てを丸々ゲームに費やしていたわけではありません。私は仕事とゲーム開発を5:5でやっていく道を選びました。もし仕事を無鉄砲に辞めて開発に打ち込もうとしていたら、おそらく途中で燃え尽きて頓挫していたと思います。そして現実的には、お金の問題もあります。昨今は開発資金を提供するパブリッシャーも現れていますし、インディーの育成プログラムもあります。ですが、そうしたチャンスに巡り合うためには、まずは動くものを在職中に用意しなくてはなりません。
持論として、クリエイティブな活動に全ての時間を投じられる性格の人はごくわずかだと思っています。まずは今の仕事を続けつつ、展示できるレベルまでゲームを作ってみることで傾向が分かります。それから今後の選択を検討すると効率が良いでしょう。5割はゲーム開発に使って残りで仕事をするとか、3:7とか9:1とか、自分に合った割合を確かめながら続けていくことをお勧めします」


Achamoth「わたしは幼い頃からお絵描きや物語を空想することが好きで、ずっと続けてきました。制作には壁も多くありましたが、ものを作る楽しさを知っていれば乗り越えられることばかりです。苦手意識のあったプログラミングも、今は興味深いもののひとつになりました。
作品制作のために博打をする必要はありません。わたしはクリエイティブやエンターテイメントには縁のない職歴ですが、地元で事務職を続けながら休日や余暇を使って制作を進めました。個人に見合ったやり方で制作を進められるのもUnityの魅力です。
ゲーム制作に経歴も年齢も環境も関係ない、情熱さえあればやり遂げられるということをみなさんに伝えたいです」


多くの人から「ゲームってどうやって作るといいですか?」と聞かれます。それだけゲーム作りに憧れを持つ人は多いのです。

でも、残念ながら挫折する人も多いのも事実。理由はいろいろありますが、ここでは一旦割愛します。ただ、3年間掛けて話題になるゲームを作り上げた二人を見ると、「諦めない」という点は改めて大事なんだと思うのです。

昔はゲーム開発の話になると、「不眠不休で作らないといけない」といった不幸な話が多かったです。でも、ゲームエンジンが普及し、個人制作者も増えてきたなかで、ゲーム開発も非常に楽しく話せる機会が増してきたと感じることがあります。

ぜひ、そういう世界の中で、諦めずにゲーム開発を楽しんでもらえる人が増えるといいな、と改めて思います。



※併せてこちらの記事集もぜひお読みください。創作活動のヒントが見つかるかもしれません。


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