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戦争はコワイ…だから防衛費倍増?

○防衛費はどれくらいの割合を占めている?

 憲法9条のもとで防衛費は国内総生産(GDP)の1%(約5兆円)以内におさえるという原則が守られてきました。ところが、最近になってこれをGDPの2%まで倍増させるべきだという意見が、与党である自由民主党から出されています。(「日本の防衛費は「対GDP比2%」へ倍増できるのか」『東洋経済Online』)
 1%と聞くと「すくなっ…」と思ってしまいがちです。でも、1%とはGDPに対する防衛費の割合です。国の予算全体に占める防衛費の割合は5%近くとなります。

財務省「令和4年度予算のポイント

 政府が実質的に使い道を左右できる予算(一般歳出)の中での割合はさらに大きくなります。
 おうちの収入が税金や住宅ローンを差し引かれるとだいぶ減ってしまうように、国の予算についても総額107.6兆円から固定的な費用(地方自治体への交付金と国債返済のための費用)を差し引いた残りは70兆円弱です。その中で社会保障にかかわる予算(保育、医療、介護、年金など)が半分近く、次いで公共事業費、教育・科学研究振興のための費用、防衛費、新型コロナ対策予備費が5~6兆円と比較的大きな割合を占めています。(「22年度予算が成立 過去最大の107兆5964億円」『日本経済新聞』)
 もしも歳入が増えないまま防衛費を倍増して10~11兆円にするとしたら、年金など社会保障にかかわる支出や教育費の大幅なカットか、消費税の増税か、国債の大増発が不可欠となります。しかも、軍事支出の金額は現在世界第9位ですが、アメリカ、中国に次ぐ世界第3位となり、ロシアも越えることとなります。(「防衛費増へ自民がGDP比2%案 ウクライナ侵攻受け 達成なら米中に次ぐ規模」『東京新聞』)


○防衛費を増額すれば日本の防衛力は高まる?

 防衛費の内訳は、自衛隊員の給与や食事が42%、残り58%が武器や燃料の調達費です。武器や燃料の調達先の断トツ1位はアメリカ、次いで三菱重工のような日本企業です。アメリカ政府は武器の価格を決定する権利がありますので、日本政府はいわば「言い値」で買わされています。兵器をローンで購入するために計上するローン残高(「新規後年度負担」)はふくらみ続け、2兆円を越えています。たとえ防衛費を増やしたとしても、日米の軍需企業にみつぐばかりで、かならずしも防衛力の強化につながるとは限りません。(「防衛関係費」『令和3年版防衛白書』、「米兵器など購入のローンは過去最大の2兆7963億円」『東京新聞』)
 防衛費の中には、射程1000キロ程度(京都から平壌までくらいの距離)のミサイルを研究開発するための予算も含まれています。(「海自潜水艦に1000キロ射程ミサイル…敵基地攻撃能力の具体化で検討」『読売新聞』)
 「敵」の基地や軍司令部を攻撃できる体制を整えれば、今度は「敵」がそれを防ぐために日本側の基地や軍事拠点を先制攻撃できる体制を整えることでしょう。そしたら今度は…というように、「目には目を、歯には歯を」という軍備拡張競争となりかねません。
 アメリカ政府の言いなりにミサイル配備を進めていけば、日本が戦場とされる確率をもそれだけ高くなります。アメリカ政府の検討している「オフショア・コントロール戦略」では、米中の全面的な核戦争となるのを避けるために中国空爆の計画を断念する一方、台湾から沖縄・奄美を経て日本列島にいたる島々を「第一列島線」として、中国封じ込めの最前線と位置づけています。「第一列島線」が戦場とされた場合、中国からのミサイルが届きにくい「第二列島線」(グアムなど)から米軍が戦闘に加わることになっています。この計画で主な戦場として想定されているのは中国でもアメリカでもなく、日本です。(平山茂敏「オフショア・コントロール戦略を論ずる」『海幹校戦略研究』、伊波洋一「台湾有事で、日本を戦場にする政府に反対しよう」全国地方議員交流研修会)

出典:紺野正彦「中国の拡張政策へのアメリカの対抗処置、オフショア・コントロール(OC)

 アメリカでは銃の乱射事件がたびたび起きています。隣人が銃を持っている恐怖から自分も銃を手放すことができず、お互いに疑心暗鬼を強める中でふとしたきっかけで暴発してしまうということが起こりがちです。同じようなことは国と国とのあいだにもおこりえます。1937年の日中全面戦争の発端は、北京郊外の盧溝橋における一発の銃声でした。お互いに疑心暗鬼の思いを抱えての一触即発の状況は、ちょっとしたきっかけで取り返しのつかない事態へとエスカレートしがちです。
 「オフショア・コントロール戦略」はアメリカ政府の考えているシナリオのひとつであり、別な展開となることもありえます。確かなことは、沖縄や奄美の島々がすでに中国向けのミサイル発射拠点とされつつあることです。憲法9条を改正して敵基地攻撃能力を整備するということは、日本列島全体を沖縄・奄美と同様にミサイル発射台としていくことでもあります。アメリカ政府の言いなりとなって沖縄・奄美から日本にいたる島々が戦場とされるのを避けるためにも、専守防衛の立場を貫くことが大切なのではないでしょうか。日本国憲法は「アメリカの押しつけ」だから憲法9条を改正しようと主張する人に限って、現在のアメリカ政府による「押しつけ」には無批判にしたがおうとしている点に注意する必要があります。憲法9条こそアメリカ政府と一定の距離を保ちながら交渉するための、なけなしの資産だとみることもできます。
 もちろん、専守防衛の立場を守るためには一方でアメリカ政府と交渉しながら、他方で東アジアの近隣諸国・諸地域と共存するための外交的な努力を重ねる必要があります。
 戦後の東アジアでは沖縄、韓国、台湾が東西冷戦の最前線に組み込まれる一方、日本本土は朝鮮戦争の際の「特需」を契機として経済成長を遂げました。
 沖縄の人々は「本土復帰」後半世紀を経てもなお、米軍基地の重圧に苦しめられています(「基地はどこへ 沖縄復帰50年」『朝日新聞』)。日本の防衛ということを考えるならば、その最前線に立たされてきた沖縄の人々の思いにまず向き合わなくてはなりません。憲法9条の下で辺野古への新基地建設や、沖縄や奄美のミサイル基地化が進んでいることのオカシサを日本社会全体で広く共有する必要があります。
 さらに、長年にわたって軍事独裁政権の支配下に置かれながら、1980年代以降、たいへんな努力の末に民主化を実現してきた韓国や台湾の人々とのつながりを模索するべきでしょう。そのためには、日本の植民地支配の歴史にかかわる過去を克服し、信頼関係を構築することも必要となります。ところが、「徴用工」問題ひとつをとっても自公政権は韓国を敵視するばかりで、信頼関係を破壊失敗してきました。台湾とのあいだには友好的な関係があるように見えますが、植民地支配をめぐる過去にきちんと向き合ってこなかったのは同じです。本当の信頼関係があるとはいえません。
 台湾は中国と、韓国は北朝鮮と内戦を経験し、現在も軍事的な緊張関係の下にあります。ですが、軍事的な脅威をお互いに現実的なものとして感じているからこそ、たとえ社会体制や価値観は異なっても平和共存しようという努力も積み重ねられてきています。しかも、台湾と中国は中国語圏、韓国と北朝鮮は朝鮮語圏として互いに言葉が通じる関係でもあります。
 アメリカ政府の意向にしたがうことで軍事的な緊張を強めてしまうのではなく、台湾と中国、韓国と北朝鮮の平和共存の方策を追及し、提案することが日本の役割とも言えます。日本が戦場にされるのを避けるためには、たとえどんなに困難に見えても、そうした道を模索するほかないのではないでしょうか?

○「もしも」の時の備えとして大切なことは?

 もしも戦争となってしまった場合、日本は食料の自給率が極端に低いという問題もあります。「カロリーベース」の食料自給率は1965年度には73%だったのに、2020年度には37%と過去最低水準に落ち込んでいます。いまや食材の6割以上を海外に頼っているわけです。(農林水産省「日本の食料自給率」、「食料自給率最低37% 20年度 米需要減響く」『日本農業新聞』)
 品目別では、とりわけ大豆や小麦の自給率が1桁台であるほか、牛肉も36%まで低下しました。パンやパスタの原料である小麦はウクライナでの戦争の影響もあって価格が極端に上がっていますが、戦争が起きて食料の輸入が途絶えてしまった場合にはすぐに暮らしがたちいかなくなります

農林水産省「令和2年度食料需給表

 さらに、少子化の問題もあります。日本における14歳以下の人口の割合は40年以上にわたって減り続け、今や12.0%と世界でも最低の水準です。家庭の教育費負担の増大が少子化の傾向に拍車をかけています。この点では、食糧自給率の向上と並んで、少子化の傾向に歯止めをかけることが先決問題といえます。(「統計トピックスNo.131 我が国の子どもの数」総務省)

内閣府「 令和3年版 少子化社会対策白書

 5兆円といわずとも2兆円の予算があれば、大学授業料の無償化に近づけること(国立大学授業料の無償化と私立大学の授業料の大幅な引き下げ)や、利子つきの貸与型奨学金を受給している70万人に月6万円の給費型奨学金を支給することができます。小・中学校の給食の無償化も5000億円あればできます。(「防衛費倍増に必要な「5兆円」教育や医療に向ければ何ができる?」『東京新聞』)
  戦争がコワイという思いは誰にもあります。ですが、急がば回れのたとえもあります。食糧自給率を押し上げ、少子化を押し返す社会に向けて政治の舵を切り直すことが先決の課題ともいえます。

○防衛費倍増/敵基地攻撃能力 Yes? or No?

処方せん その1:

防衛費は国民総生産の1%(約5兆円)から2%(約10兆円)へと倍増し、憲法9条を改正して自衛隊を明記し、敵基地を攻撃できる反撃能力をつけるべき。

処方せん その2:

必要な場合には個別的自衛権を行使するとしても、危機の時代だからこそ専守防衛の立場を守り、食糧自給率を高め、人に投資し、総合的な安全保障を図るべき。

自民党と日本維新の会は、「処方せん その1」の方向性を明確に示しています。他方、立憲民主党、社会民主党、日本共産党、れいわ新選組などは「処方せん その2」に近い立場です。もちろん、その中でも違いがあり、立憲民主党の泉健太代表は「防衛費は数字ありきではなく、あくまで必要なものを積算していく」と防衛費の増額そのものは否定していません、公明党や国民民主党やれいわ新選組は、防衛費の増額については立憲民主党に近い立場、増額を主張しつつも内容を精査すべきという見解です。社民党、共産党は防衛費の増額を否定してます。(『時事通信』『産経新聞』『しんぶん赤旗』)

主な政党について注目すべき見解を抜き出すと…

  • 自民党参院選公約…「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、真に必要な防衛関係費を積み上げ、来年度から5年以内に、防衛力の抜本的強化に必要な予算水準の達成を目指します。」「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処します。」「参院選2022

  • 自民党安倍晋三元首相の発言…「基地に限定する必要はない。向こうの中枢を攻撃することも含むべきだ」『中国新聞

  • 日本維新の会参院選公約…「防衛費の GDP 比 2%への増額、最先端の技術革新を踏まえた防衛力の整備、憲法 9 条への自衛隊の存在の明記等を行った上で、核拡大抑止についてもタブーなき議論を行います」「維新八策2022

  • 日本維新の会吉村洋文副代表(大阪府知事)の発言…「専守防衛という考え方で、本当に日本は守れるのか。9条にすべて行き着くので、9条の改正が重要だ」『朝日新聞

  • 公明党公約…「国民の生命と平和な暮らしを守るため、専守防衛の下、防衛力を着実に整備・強化します。平和安全法制に基づく適正な運用を積み重ね、日米同盟の抑止力・対処力の一層の向上を図ります。あわせて、友好国とも緊密な連携を図りつつ、安全保障体制の強化に向けた多角的な取り組みを推進します。」「参院選2022マニフェスト

  • 国民民主党参院選公約…「同盟国、友好国との関係を不断に検証し、「戦争を始めさせない抑止力」の強化と、攻撃を受けた場合の「自衛のための打撃力(反撃力)を整備します。」「政策2022 新・国民民主党 - つくろう、新しい答え

  • 立憲民主党参院選公約…「弾道ミサイル等の脅威への抑止力と対処能力強化を重視し、日米同盟の役割分担を前提としつつ、専守防衛との整合性など多角的な観点から検討を行い、着実な防衛力整備を行います。」「総額ありきではなく、メリハリのある防衛予算で防衛力の質的向上を図ります。」「2022特設サイト

  • 立憲民主党の小川淳也政調会長の発言…「反撃能力」について「専守防衛との関連では極めて繊細な問題をはらんでいる。周辺国を刺激し過ぎるという意味も含めて軽率、挑発的だ」『毎日新聞

  • れいわ新選組参院選公約…「日本は今こそ、専守防衛と徹底した平和外交によって周辺諸国との信頼醸成を強化し、北東アジアの平和と安定に寄与していくときです。日本は国連憲章の「敵国条項」によって、敵基地攻撃能力や核配備など重武装は不可能です。」「参議院選挙2022緊急政策

  • 社会民主党の新垣邦男議員の発言…「憲法見直し議論そのものが国際社会に9条破棄を想起させ、東アジアの周辺諸国との亀裂を生み出すのではないか」『毎日新聞

  • 日本共産党の赤嶺政賢議員の発言…「今必要なのは憲法を変えることではなく、憲法9条に基づく外交を粘り強く行うことだ」『毎日新聞

戦争はコワイし、避けたい。そのためにはどうしたらよいのか…と誰もが思います。さまざまな政党の見解で「絶対にこれが正解!」というものがあるわけでもありません。ただ、「戦争はコワイ、だから憲法を改正し、防衛費2倍に!」という対応は、かえって危機を深めることになってしまいかねません。また、限りある予算の中で防衛費を増額した場合、消費税のアップ、年金カットなどで生活の足場が今まで以上に崩れてしまうかもしれません。いつ起こるかわからない戦争の危機に先だって、いのちと暮らしを脅かす出来事が私たちの足下ですでに起きています。新型コロナ感染症による死者も累計で3万人を越え、戦争被害に匹敵する規模となっています。そのことをふまえた上で、優先的に取り組むべき課題を見定める必要があります。

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