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Vol.34 山田泰生「やりたいことを貫く、動き続ける」

「大学生活をもっと充実させたい!」「やりたいことを見つけたい!」という想いを持ちながらも、なかなか行動に移せない北海道内の大学生に向けた連載企画「Knows」。

編集チームが独断と偏見で選んだ面白大学生の人生をお届けします。今回は第30回目。ゲストは小樽商科大学の山田泰生さんです。


小学校から大学まで「やりたいことをやりぬく」を原動力に、行動してきた山田さん。彼は「やりたいことがなくてもいい、とにかく何かやっていること」、そう語りました。

「何を自分がしたいのかわからない」「どう一歩を踏み出せば?」そう思う人はやはりどの場所、どの時代にでも多く存在すると思いますが、そのような人にこそ彼のこれまでの行動と学びから溢れるパワフルさは必見です。

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プロフィール

山田 泰生(やまだ たいせい)
小樽商科大学 商学部 社会情報学科 4年生
1年生の時にマレーシア語学留学に1ヶ月間行き、大学2年の時にフランスに長期留学する。留学中に留学情報を発信する「OUC留学生日記(現在の名称はapricot)」を友人とインスタグラムにて立ち上げる。また留学中にカメラと出会う。3年時からはマーケティングゼミを専攻し、ゲストハウスを学生で経営する。4年時に休学し、学生メンバーとしてとして札幌のクリエイターチームZoWに学生メンバー(インターン)として参画。インターン中にZoWの代表菊池さんと「ZoW Media Lab」を立ち上げ、10代、20代のモデルやクリエイターが集うコミュニティ「アオドリ」を創設し、代表として運営している。

何かをつくること、スタイルを貫くこと

たいせいさん幼少期

ーまず山田さんの小学校時代から教えてもらえますか?
「初めはスイミングスクールに通っていて、小学校3年から中学校まではサッカーをやってました、ゴールキーパーですね。小学校の頃は歌を歌ったり、自己表現することが好きでした。」

ー色んなことに取り組む小学生だったんですね。
「中学校に入ってからのサッカーはクラブチームに入ったので生活に占める比重は重くなりました。ただ、2年の後期からは生徒会長をやることになり、仕事に集中したいと思ったのでサッカーはやめました。」

ーサッカーをやめてまで生徒会長をやられたんですね。
「プロになるつもりはなかったので中2の段階でやり切ったという思いがありました。サッカーよりも学校の中で一人しかいない生徒会長という立場が面白そうに思えたので、挑戦してみたいと思ったんです。

生徒会長をやる中で、学校っていろんな人間がいるので『自分の居場所ってどこなんだろう?』と無意識的に考えていました。

会長の仕事は一人でやることが難しいものもあって、挫折したこともありましたが、先生や周りの仲間かから助けてもらいました。生徒会長をやったおかげで、ただ自分の居場所ができただけではなく、他の人に貢献することもできたので大きな経験でした。

中学校の時は、勉強ができる方ではなくて、特に中2までは全く英語が好きではなかったんです。テストは追試の常連でした。でも『エルレガーデン』というバンドに出会って、そこから英語に触れるようになりました。

その後にテキストやYouTubeで勉強したりしながら点数を伸ばしていきました。英語は高校では自分の得意科目でした。小樽商大に入る時も英語を活かしましたし、大学に入っても自分の中で大きなトピックであり、行動する動機でもありました。

また、高校に入ってからも生徒会執行部に入りました。初めは普通のメンバーで、2年になってからは空いたポジションに入って、副会長として会長や部員のサポート役に回りました。」

ー高校で生徒会に入った理由としてはどのような想いがあったんですか?「自分で何かをやりたい、何かを作りたいという想いは強かったです。生徒会に入ることによって、社会に出てから何かを作りたいと思った時に力を発揮できる人間になりたいなと思っていました。」


ーめちゃくちゃ優等生のような印象を受けますね。
「全然です(笑)。副会長のくせにツーブロとか入れてましたから。

他には、高2の学校祭の時に初めてバンドを組みました。周りから見たら”いろんなことをやってる変わった人”みたいな印象を持たれていたのかもしれませんね。」

ーそれらの活動のエネルギー・動機はどこから来るものなんですか?
「そうですね、当時は今”ビジョン”などは全く描けていなかったんですが『好きなことをしていたいな』と。でもその反面、自分のいろんな可能性を探りたいとも思っていました。

興味を持っていることに対して行動することに素直になっていましたし、挑戦している人が少ない場所で挑戦していくと、その場所の中で突き抜けられるのではないかということも考えていました。だから、みんながやらないことをやりたがっていましたね。」

ー周りからの反対はなかったんですか?
「反対はされることもあったんですが、基本的に我が道をゆくスタイルで周りも『言っても聞かないだろう』と思っていたのではないでしょうか。」

ー高校生の時点でかなり自我が完成しているように見えます…!そのような高校生活を過ごす中で樽商を受験した理由が気になります!

「将来は音楽やクリエイティブに携わりたいという気持ちもあったんですが、よく聞いていたサカナクションが言っている『戦略も表現のうち』という考えに感化されて、表現を伝えるためのビジネスを勉強をしたいなと考えたためです。どこに行っても自分の力で何かを始められるような状態を目指していました。」


興味を持つ、すぐに動く

ー大学に入学する前に、大学生活に関してのイメージとかはありましたか?「漠然と英語を勉強して留学に行きたいという思いはありました。それ以外にもマーケティングなどの商学の勉強もたくさんやりたいと思っていました。」

ー入学してからはどう過ごされましたか?
「英語と留学のことばかりが頭の中にあったので1年生の時に入る基礎ゼミは英語をたくさん使うところに入りました。そのゼミの中で留学に興味のある学生が18人くらい集まっていたので一緒に話したり、情報交換をしていました。

留学に関しては入学して少しの頃に、樽商特有の5万円でいける短期留学のプログラムの説明会に参加しました。普通は『入学してすぐだから』という理由で冬季に行く大学1年生が多いんですが、僕は『早く行ったほうがいいじゃん』と思い、夏季に行くことにしました。行き先もあまり人が集まらなそうなマレーシアにしました。ぼくなりのポジショニングですね(笑)。」


ー現地ではどのようなことをしましたか?
「現地では少人数で一緒に来ていた学生と、英語を使うことに重点を置いた授業を受けました。即興のプレゼンやディスカッションをやりました。そういった経験を通して、結果的には英語を使うことに慣れることができました。1年生の後期は樽商に来ていた留学生たちと関わっていって友達にもなりました。


2年生前期は1年生に応募した長期留学が決定して、そこに向けて準備を進めていく時期でした。また本格的な商学に触れられるようになり、前から興味を持っていたグローカル副専攻も始まるなど、自分の求めていた勉強がよりできるようになりました。」


フランス留学、人から手渡される興味

たいせいさん留学

ーフランス留学はどのようなものでしたか?
「後期から2学期分の期間でフランス留学が始まりました。1学期目は現地のフランス語学校に通っていました。フランス語で授業を受けていましたが、話すことにはなれていなかったのでついて行くのが精一杯でしたね。学校の外では日本人とフランス人のコミュニティもあり、現地で友達とかをつくったりと、日常と学校でとにかくフランス語を話していました。

また、留学期間中に僕と同じ留学生の友人からカメラを譲ってもらい、カメラを始めました。」

ー偶然的な出来事のように思われます、海外でカメラを始めたんですね。「僕も勉強するつもりでフランスに行っていたので我ながら意外なことでした。ただそこからのめり込み、留学中に2回くらいカメラを買い替えているんです(笑)。

その後は留学情報を発信する”OUC留学生日記”というインスタグラムのアカウントを友人と立ち上げました。背景には、僕自身、後輩から留学について色々な質問をもらうことがあり、答えていく中で学生が知れる留学情報の不足を実感した経験がありました。当時はそういったことを思いつくと、行動せずにはいられない性質だったので、やってみようと始めたのがスタートでしたね。

1月の後半から英語で学部の勉強をスタートしました。現地の経済学部に入って、そこでマネジメントやケーススタディなどいわゆる商学の勉強をしていました。それが3年生の4月くらいまで続いていき、そこで留学は終了しました。僕の帰国が6月だったので空いた2ヶ月の期間で旅行をしていました。大学に入ってから初めての悠々自適な生活だったので楽しかったですね。

そして自分でもびっくりなんですが、帰国した次の日にミスターコンに出ました。留学中にかかってきた友人からの電話に、寝起き二つ返事で『いいよ。』と言ったことがきっかけでした。

その他にも帰ってきてからはマーケティングのゼミで、ゲストハウスのことをやっていたり、カメラマン活動としてはいろんな現場で撮影をしていました。」

ー本当にカメラを始めるなどのさまざまな出来事起こり、いろんな人と触れ合った留学だったんですね……。 復学してからはどうでしたか?
「後期に差し掛かって就活を始めたとき、周りに比べて遅れていることが分かりました。また、自分のやりたいことや自分自身何ができるのかをじっくり探るために3年生が終わった4月から1年間休学を決断しました。」


休学時代、いろんな可能性を試して動いて

たいせいさん休学

ー休学中にはどのように動いていったのでしょうか?
「休学を始めて、この頃からカメラマンとして仕事の依頼を受け始めました。その活動の中で6月に札幌で活動しているクリエイティブチーム”ZoW”の代表の方と出会いました。

10月まではクラウドファウンディングや広報など、カメラマン以外ではZoWのインスタグラムや若いクリエイターが実験するためのZoW Media Lab」というチームを立ち上げるなどし、自分が中心となって活動する場が増えていきました。」

ー10月からのZoWに関連した活動はどういったものでしたか?
”暮らしと彼女”という”life×girls”をテーマに、北海道の土地と女性を写すインスタグラムの企画を立ち上げました。初めはその企画を動かすために、モデルの方やカメラマンの方などのクリエイターを集めていたんですが、次第に集まっていること自体に価値を感じ、コミュニティとして運営したいと思うようになりました。

その結果”アオドリ”というコミュニティに姿を変えました。最初は名前やコンセプトもなかったんですが、今に至る一年くらいで地道に体制を整えていきました。

アオドリのInstagramはこちら!

現在はZoWやAodoriの活動に加え、8月からはタレントさんとかインフルエンサーさんをキャスティングする事業の立ち上げにインターンの営業メンバーとして関わったりしています。」

ーこれまで様々な活動をされていたと思うんですが、どのような基準でそこに飛び込んでいかれたんですか?
「興味を持ったもの、ですね。興味を持って”しまった”ものかもしれないです。やってみてから判断しようと思ってました。やってみたから”面白い””面白くない”がわかると思うので。

休学中に関してはとにかくいろんなことに挑戦しようということを考えていました。だからZoWに限らず、掴めるチャンスは全て掴んでいましたね。」

ー常に3つ4つ持っている状況に対して疲れなどは感じませんか?
「感じることはないですね。もし減らしたとしても結局はやりたくなってくるんだろうなって自分に対して思ってます(笑)。だったら続けた方がいいかなって。」

今後の展望とメッセージ

ー泰生さんの今後の展望を教えてください。
「長期的な目標は、”自分らしくいられる社会をつくる”というビジョンを実現することです。

短期的な目標は、これから東京の会社に就職するのでいろんな経験を積み、修行して、ビジョンの達成に結びつけたいです。今はアオドリでビジョンを実現したいと思っています。

ただ、来春から僕は東京に行くのでオフラインで頻繁に関わることが難しくなってしまいます。だからこそ、今から10年後にも続くようなレベルの『自分らしくいられる場所』の土台をしっかりと作り上げたいです。」

ーでは最後に、想いはあるけど動きだせない大学生に対してのメッセージをください。
「もしやりたいことが見つからない人がいたら、自分の心に素直になり、とりあえず何かやってみてください。これは社会的にすごいことじゃなくても全然いいんです。

目標にしたいものってその時その時で違います。やりたいことがない段階でもいいので、とりあえず何かをやっていればいいと思います。」

一歩踏み出せない人は、基本的に興味を持ったものに対して”やる前提”で考えることが大事だと思います。やった後に、続けるか否かは決められます。自分がやるかどうかで悩んでいる間に、一方どこかではやり続けるかどうかで悩んでる人がいるかもしれない。まずは”やる”ということが大事で、やってみないと判断できないですよ!」





以上でインタビューは終了です。行動すること、動き続けること。その圧倒的な熱量を泰生さんのお話からは感じました。「自分がやろうか悩んでいる間に、他の人は続けるか迷っているかもしれない」この言葉はその通りだと思います。

人と比べてももちろんですが、もっと言えば、今見えていることは今しかできないのかもしれないと改めて思いました。何をどんな風にやるか、それは各々が決めなくてはいけないことですが、そのためにも動き続け、考え続けることは大きなエンジンとなると自分自身は思いました。

泰生さんの人生を書いたこの文章から何かのきっかけを得てもらえたら嬉しいです。最後まで読んでいただきありがとうございました!

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取材:金子
文: 山鼻


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