異世界居酒屋「のぶ」

「異世界居酒屋「のぶ」」
蝉川 夏哉
・単行本…宝島社1～6
・文庫…宝島社文庫1～5
・コミック…角川コミックス・エース1～9
※いずれも2020/02/15時点
・小説家になろう「異世界居酒屋「のぶ」」
https://ncode.syosetu.com/n9773bj/

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一つ前の記事に居酒屋ものを書いた流れで、わたしの大好きな居酒屋小説をぜひ紹介させてください。アニメになったりドラマになったりコミックもあったりでご存知の方も多いのではないかと思うのですが、いわゆる「なろう小説」からメディア展開をした作品です。

タイトル通り、「異世界にある居酒屋の「のぶ」という店」が舞台。
日本の小さな居酒屋が突然異世界につながってしまい、そのまま普通に開店したらめちゃくちゃご好評いただいてる、という夢のある設定。
裏口は日本につながったまま、という便利な状況なので、電気水道ガスはもちろん、食材だって困らない、というとても助かる土台なんですが、別にそんなややこしいうんちくどうだっていいんだよ！って、シンプルに面白い部分を面白く楽しませてもらってます。

看板少女のエーファちゃんが貧しさをきっかけにこの店に貢献をするようになる（そして生活が整っていく）流れや、料理がご好評なあまり自国のみならず近隣の国の大物までわいわい集まっちゃうところとか「順調すぎる…」とは思いますけれど、仕方ない、おいしいものがそこにあるのだから…
とはいえ説得力のあるピンチだっていくつか訪れて、一話一話はコンパクトにまとまりつつも、店やメンバーは日々丁寧に時間を重ねている様子が味わえる筑前煮のような作品です。
しってますか…筑前煮ってちゃんとしたお店だと具材一個一個を別に作ったあとに混ぜるんですってよ…すごいですね……

ネット小説派生のせいか一話一話がコンパクトで、書籍や文庫になると
「あっ、一冊にこんなにいっぱい話が入ってるの？」
ってちょっと嬉しくなったりします。そこが罠でもあって、あと一話、もう一話…と読んでるうちに、ついつい夜ふかしが過ぎてしまったり。
それ以外だとやっぱり飯テロ作品なので、とにかく書かれた料理が食べたくて仕方なくなったりもするのです。シンプルで身近な料理の方がかえって鬼門で、「唐揚げ…」とか「ナス…」とか「鯖…」とか。
ちょっと飲める人なら読んだ翌日は帰り道に目が居酒屋を探したりするに違いない…

異世界の面々の日常や異世界の文化も、うまく居酒屋という固定の空間に収められていて、以前に紹介した「とんでもスキルで～」が移動型異世界グルメもの～現代日本の材料を添えて～ってシロモノなら、こちらは固定型異世界グルメもの、て感じです。
先のとんでもスキルのムコーダさんは素人飯＆肉中心だけど、こちらの「のぶ」は修行を積んだプロの料理人のプロの技術で、「異世界グルメ作品」てのも面白い棲み分けがあるんだなあ、と感心します。とはいえ居酒屋なのであまり堅苦しすぎない料理が多く、店の大将以外が料理をするシーンもあって、
「そうそう、そういうのもすごくおいしいよね！」
ってにこにこできることうけあい。ナポリタンとかナポリタンとか。
※ナポリタンがきっかけの縁がまわりまわって店を救うから侮れないわけですが！

異世界系は「そういうもの」という土台に慣れるまではどうしても理屈というかすみっこの穴探しをされちゃったりするジャンルなんだけれど（そして馴染めない人は結局馴染めないものだけど）、一度楽しみ方を覚えてしまえばこんなに楽しいものはなく、これからも山盛りの作品を紹介したいほど大好きなのです。
中でもこの作品は「異世界グルメもの」というジャンルをわたしに意識させてくれた初めての作品で、どれどれちょっとのんびりしようかな、て時に何か目が活字を追いたい…となったらつい本を開いてしまうような心地よさに包まれています。
その心地よさってのは出てくるキャラクターそれぞれがしっかりと生活している感がにじみ出ているからだと思っているのですが、まだまだ日常を見せてくれていないキャラもたくさんなので、気長に追っかけて行きたい作品です。ただ、この作品は作品として完結しなくてもいいのでは…って気持ちもあって、それはもうそれこそが「リアル」なのかなと思います。「のぶ」はたしかにどこかにある、て気持ちでいっぱい。

フィクションに対して、作品はきちんと終わらせてこそだ、と個人的には思っているんですが、終わらなくてもいいなあ（ずっと読んでいたいなあ）と思える作品が出来たという点も、私にとっては僥倖でした。
作者さん調子がよろしくない様子もツイッターで拝見しますけれど、良いことがいっぱい起きますように、ていつも思ってます。