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テスト前後の思惑。

テスト前後の思惑。
 彼はテストされるのが嫌だった。学生の頃、彼の学校は進学校だった為、毎日テストがあった。それも小テストではなく、結構テスト範囲もしっかりしたテストなのだ。それ以来、彼は、そのテストが夢に出る程まで嫌になってしまった。しかし彼は人一倍恰好を気にする質であり、そのクラスの女の子にモテたい、という気持ちがあった。それ故、テストの前日は一日中勉強していた。テストの点が良ければ良い程、クラスの女の子にも、また男にも尊敬の目で見られていた。
 彼はまた、人一倍気遣い屋だったので、彼をねたむ者はいなかった。その頃の華やかでもあり、苦かった日々の思い出は彼の心の中にずっと植え付けられていた。その時のチヤホヤされる快感が、彼はたまらなく好きだったのだ。しかし試験範囲を言われる時だけは、どうしても嫌な気持ちになった。

 彼は今、学生を終え職に就いていた。デザインを創ることが趣味だったので、昔からの勉強の成果が助長する形を取り、大手のデザイン会社に務めていた。そんなある日、彼に出世の話が飛び込んできた。彼はその時、会社で言えば、課長の地位辺りに位置していた。その上の部長になれる、という話だった。今度のデザイン発表会で、その会社の株が上がるようなデザインを描いてほしい、というのだった。その発表会というのは、それ程レベルも高くはなく、2流会社の催す程度の発表会だった。彼は持ち前の人一倍の「恰好付け」のてらいがものを言った為と、今後の生活を考えた上で、快く引き受けた。その時彼には特定の恋人などは居らず、友達が大勢居た。彼は、その会社の一室を借り切り、数時間籠った。

 彼が務める会社の社長も、彼には実力が在る、と見ていたので、その力を信じ、期待していた。その辺りを薄々感じ取っていた彼は、一層、精を出した。

 そのデザインのテーマというのは、前代未聞の”人間性”というものであった。それというのも、近頃の若者の軟弱化を考慮した上でのテーマで、このまま度が進んでいくと、とんでもないことになる、という意味を含ませた思案が課せられていた。彼はこれをどうデザインに表そうか考えていた。彼のデザインというのはそもそも、その時の彼の心情を描いたものであった。

 ある日彼の親友は、彼にアドバイスした、内容は、”戦争か何か、そういうエキサイティングなものは、どうか、”というものだった。はじめ彼は少し反対していた。印象がきつ過ぎると思ったからである。しかし、親友の説得にだんだんと納得していった。逆に考えれば、印象が強い方が今の刺激の少ない時代にうけるというのである。そして、戦争...殺人...恐怖..そこに含まれる人間性、「命」を描こうと彼は考えた。そして、その日から、”恐怖”というものをまず、見つけようと努めた。人を殺すという恐怖、というのはあんまり、だと思ったので彼は、ただ命があやうく失くなるような「恐怖」に目をつけてそれを求めた。そして思い付いたのが、その彼のアトリエがビルの6Fだというその場所を利用した高所からの恐怖だった。窓を開けて、そこから片足だけをのりこえて、その時の心情を素直に描こうと考えた。

 昼は人目が多いというので、夜、それも真夜中に実行しようと考えた。その日の夜、彼はひとりでその実験を開始した。ノートを片手にペンとを持って、窓を開け、片足をのりこえさせ、窓の桟に座った。下を見ながら、心に表れる心情を求めた。ドアには、人が入って来て驚かないように鍵をかけていた。6Fだったので、かなりの恐怖心が彼を襲った。だが、彼は高いところは結構大丈夫な方だったので、ちょっとやそっとのことくらいでは、これぞ、と思う心情は表れなかった。デザインとは、心情画だと強く信じていた彼は、もう少し恐怖を増してみよう、と、その桟の上にバランスを取って立ってみることにした。そのひとつのことに夢中になっていたので、試験勉強に向かう姿勢みたく彼の頭にはそのことしかなかった。バランスをとっては背後にした部屋の方に倒れ、またバランスを取っては背後にした部屋の方へ倒れて、やっと少し芽生え出した恐怖の心情を大切にした。一度、そのまま前に倒れそうになって堕ちそうになった。彼はとても焦り、しばらく床に座り込んだ。しかし、不意にも彼のノートにはその時の心情がさっきよりも多く、大きく描かれていた。

 彼は、もう少し、もう少し、と自分をテストしようと努めた。また、さっきの心情が手に入れば、今のこの2倍と考え、今ノートの半分を埋めているそのデザインから、次でデザインは完成すると踏んだ。彼は立ちあがり、もう一度窓の桟に片足をのせて、両足をのせ、その上に立つことを試みた。だが、片足はなんとかのせることはできても、両足はどうしても乗らなかった。彼は、昔を不意にふり返り、試験勉強をしていた頃のがむしゃらさを思い出した。

”自分をテストだ”

そう心で呟き、一瞬ふっきれ両足が見事に桟に乗り、バランスを取った。すると、また不意にテストの試験範囲を言う先生の口を思い出し、少し嫌な気がした。彼は瞬間バランスを崩し、そのまま今度は前へ堕ちた。ひめいを上げながら、彼は6F上の部屋の窓から、路上にたたきつけられた。即死だった。彼の部屋には1ページの反面を埋めた彼なりのデザインを記したノートが一冊、ひらいたままで床におちていた。-------------

 翌日、彼の死を悲しむ者は大勢居た。彼にアドバイスした親友は罪の意識を感じて、会社を休み、家で声をあげて泣いていた。そして、デザイン発表会には、彼の後輩が一人選ばれた。”人間性”をテーマとしたその発表会に、その後輩は、今まで読んできた本により知った、人の苦しみ、悲しみ、喜び、をそのままデザインに表そうと、発表会ぎりぎりの日までそのデザイン制作に打ち込んだ。その後輩もまた、デザインを描きながら、彼のことを思い、悲しんだ。

 発表の日、その会社をあげての2流社にしては大掛かりな飾り付けが為された中、その後輩が描いたデザインが発表された。そのデザインの説明をした彼(後輩)への反響は大きく、同じ本を読んでいた人々の感動を買い、そのデザインは大衆に受け入れられた。その後輩は格上げされた。彼のことを話すのは、夜が多くなり、昼間は軌道に乗った会社の今後の計画などで大忙しになり、話している場合ではなかった。ある日の夜、その後輩の家で成功した祝いをすることになり、たくさんの人が詰め掛けた。酒が入り、時間が経過し、祝会も盛り上がった頃、その内の一人が彼のことを口にした。すると、”もういいじゃないか、今そんな話をするな。”などとの反響が返ってきた。それをきっかけに、彼を少し馬鹿にする者も出てきた。”何もあんなにまでしなくたってほら..”、”彼も疲れてたのかねぇ..”、”あれはいくらなんでも、いきすぎだよ、”と、祝会を楽しもう、と次々に罵倒する者が増えていった。その中に、彼にアドバイスした親友もいた。
 その祝会以降、会社はまたこれからの軌道にのるべく、活気付き、忙しくなっていった。そんな中で、彼のことを忘れようとする者もいれば、哀しむ者もいた。格上げされたその後輩は、次のデザインの創作に、とり組んでいた。

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