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2014年6月の記事一覧

おみまいのおてがみ

おみまいのおてがみ

 風邪をこじらせている。もう三日目なのに熱も下がらないし、異様に身体がだるい。肺がぜえぜえする。もしかしてこれはインフルエンザだったのだろうか…なんて考えも頭をよぎるけれど、今さら病院に行く気力もない。ポカリスエットを飲んでは、ぬるくなった氷枕に頭を沈める。

 小さい頃は身体が弱くて、しょっちゅう熱を出していた。そして一度、風邪をこじらせて肺炎になり入院した。6歳、幼稚園の年長さんの、梅雨の頃だ

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ku・sa・i・ki・re

ku・sa・i・ki・re

ニッポンの短い夏は終わった—。あのサムライブルーの色を見るだけでも、ちょっと切ない気持ちになる。ワールドカップで話題になったものは様々あるけれど、椎名林檎氏の「NIPPON」という曲もそのひとつ。耳にしたことがある方も多いだろう。

椎名林檎自体はとても好きなのだけれど、どうしてもこの曲ばかりは引っ掛かって仕方がない。それは恐らく、ある一単語が原因である。

万歳!万歳!日本晴れ 列島草いきれ天晴

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セコムしてますか

セコムしてますか

通学路に大きな家がある。家というかお屋敷と言った方が適切かもしれない。門から覗き込むと、手入れの行き届いた美しい庭が見える。建物も複数棟建っているようだ。莫大な財力を感じるけれど、どこか品性のある佇まいが素敵だ。

こういう階級の家ともなると、警備も万全だ。セコムしている。セコムしている家には、「セコムしてますよシール」が貼ってあるけれど、この家のは異様にでかい。一辺が20cmくらいあるのだ。し

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九階の窓辺

九階の窓辺

西日の差す九階の窓辺で、これを書いている。

窓からの眺めは申し分ないのだけれど、ガラスにはおびただしい数の小さな虫の死骸が貼りついていてぎくりとする。目の前には4台のパソコンとプリンター、それを取り囲むようにあるのは、硬くて重たい本たち。長年の勤めにより草臥れ互いに寄りかかる図書館のそれらとは違って、古い本だが傷みは少なく自らの力で凛と本棚に整列している。中には永遠の眠りにつきし哲学者たちの生涯

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アイアムアイ

アイアムアイ

少し前のことだけれど、旅先で「アイアムアイ」という名のカクテルを飲んだ。

四月、世間ではすでに新学期が始まろうとしていた。私はというと学校へは行かず、船に乗った。旅行と言っても目的もなければ滞在日程も決まっていない、いわば逃避行だった。理由は、まあ色々あるんだけれど、ここでは割愛。とにかく、もうとにかく、物理的に逃げた。

その日は、観光地らしいところは行かず、その辺の商店街とか、その辺の住宅街

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そばにいて黙るとき

そばにいて黙るとき

私の住んでいる仙台において、「あの日」以降行われた多くのクラシックの演奏会では、プログラムの最初に黙祷が捧げられてきた。それは「復興チャリティーコンサート」的なものに限ったことではない。音楽を楽しむこと自体が不謹慎なのではと多くの人が迷っていたあの頃、その罪を贖うためにやらねばならない儀式として置かれていたのだと思う。

先日行ったオーケストラのコンサートは黙祷があった。ただし、座ったままでの黙祷

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シンクロニシティーン

シンクロニシティーン

シンクロニシティとは、「必然的な偶然の一致」「意味のある偶然」のことである。例えば、ある人に会いたいなと思っていたところばったり会ったとか…因果関係は説明できないが、ただの偶然とは思えないような出来事を指す。

ともすると、超常現象のような非科学的でやや胡散臭い領域に足を突っ込みがちな考え方でもある。そういった意味でのシンクロニシティの論理には少々懐疑的で、あまり賛成はできない。しかし、もう少し広

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クリーム玄米ブラン

クリーム玄米ブラン

高校三年生の時、大学受験に失敗した私は、19歳の一年間を浪人生として過ごした。 朝から授業を受け、自習室で20時まで勉強。家に帰ってからは単語帳の類しか手を付けない、というルールを決めた。家でやっても効率が上がらないのは高校時代に実証済みだったからだ。その代わり、ほとんど欠かさず毎日予備校に通った。家ではまったく勉強をしなかったので、家族には本当にこいつ大丈夫なのか…と思われていたみたいだけれど、

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柴犬系新入社員

柴犬系新入社員

「新入社員に求められることって、元気で、明るくて、前向きで、素直で、それでいてちょっと背伸びしてる、この五つなんだって。俺一個もあてはまんないんだけど…」
この春、社会人になったばかりの友人が嘆く。仕事をはじめてまだ2カ月なのに、「この仕事初めて長いんですか」と訊かれたらしい。彼が実年齢よりも上に見られると憂いているのは今に始まったことではないのだが、私もとうてい人のことは言えない。年相応よりも見

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旅先案内人

旅先案内人

私の特技のひとつに、「道案内」がある。やたら道を訊かれるのだ。あまりに訊かれるので、慣れてしまった。意図せずして、道案内スキルがめきめきとアップしている。

最近一番びっくりしたのは、こちらに越して来たばかりだという同年代の女性に、「友人の誕生日プレゼントを探しているのですが、どこ行けば買えますか?そもそもプレゼント何がいいと思いますか?」という旨の超ざっくりした相談をされたこと。わたし、いつから

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世界一の観覧車

世界一の観覧車

無性に観覧車に乗りたい。

ものすごく観覧車に乗っているわけではないし、ましてやデートで観覧車に乗るなんていうベタなこともしたことがないのだけれど、やはり街を眺望することには独特の楽しさがある。なので、展望台や観覧車は割と好きだ。ひとりで乗ったこともある。

ただ、ひとつ問題がある。中心を向いて観覧車に乗れないのだ。無数の鉄骨が織り成す無機質な模様を見ていると、急にその高さが具体性を帯び

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被投的企投

被投的企投

髪を切った。

20年ほどずっと肩下に伸ばし続けていたロングヘアを、ばっさり、ショートカットにした。人生で初めてのショートカット。髪にはさみを入れる音が、今までになく近くて思わず身震いする。

似合うかどうかは別として、変化はさまざまに起こった。まず、髪を洗うのが楽過ぎて洗った気がしない。乾かすのが楽過ぎて、乾かした気がしない。それから、「えりあし」という部位の存在を知った。チクチクしたけどだんだ

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