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【小説】ヴァルキーザ(ルビ付き版)

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小説『ヴァルキーザ』本文にルビを振った版のマガジンです。(本文の内容を少し改変しています)
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2021年9月の記事一覧

小説『ヴァルキーザ』2章(4)

小説『ヴァルキーザ』2章(4)

アルビアスがグラファーンを抱きかかえ、自宅に戻ると、二人の帰りを待ちわびていたマックリュートが戸外に出てきた。そして出会うなり、夫の服に付いた返り血を見て仰天した。
「あなた! どうしたの?」

「マックリュート、じつは…」
アルビアスが手短に事情を話すと、妻はあまりのことに驚き、気を失いそうになった。
「グラファーン! グラファーン!」
マックリュートは息子を強く揺する。
だが息子の意識は戻らな

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小説『ヴァルキーザ』2章(3)

小説『ヴァルキーザ』2章(3)

その日、アルビアスは赤子のグラファーンを背負い、いつものように大イチョウの木の実を採るために弓矢を手に取り、出かけていった。

いつもと違う採り場へ行くと、彼は魔女のキルカに出くわした。
「やあ、キルカ」
アルビアスは、陽気に声をかける。
「久しぶりじゃないか、元気にしてたかい?」「おはよう、アルビアス」魔女の老婆は挨拶を返し、近寄ってきた。

「私は元気さ。おや、今日はお子さんを連れておいでかね

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小説『ヴァルキーザ』2章(2)

小説『ヴァルキーザ』2章(2)

グラファーンのいる黄金の森は、「 カルシュニール」(大イチョウ)という巨木から成っていた。森の中、イチョウは高くそびえ立ち、その葉は広く、落ち葉でさえも光っているように見える。
そして木々の間を細かく縫うように通る小川のせせらぎ。川の透き通った清水。若い下草のむらがり。小鳥たちのさえずりが森に響きわたる。

そのような自然のなかで、グラファーンは育まれた。彼はフォロス族の中でも新興の名士の家の出身

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小説『ヴァルキーザ』2章(1)

小説『ヴァルキーザ』2章(1)

2. 黄金の森
瑠璃色の朝霧を透かして、豊かな枝葉をそよ風に乗ってちらちらと鳴らす、もえ上がる炎のような形をした木々の群が大地の表面を覆っている。そこは、フォロス族によって「マイオープ」(黄金の森)と呼ばれている森林で、ウルス・バーン大陸北東部中域の上に濃く生い茂って、じゅうたんのように広がっていた。

マイオープはその名のとおり、黄金のように見える山吹色の広い葉をたくわえた落葉樹の木々だけからな

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小説『ヴァルキーザ』1章

小説『ヴァルキーザ』1章

1.序章

風に乗せて祈りを届けよう
若草の野を飛ぶそよ風に乗せて

朝の空から光を届けよう
しじまの川を照らす彼方の朝の空から

これはフォロス族の勇者グラファーンの物語
われ、詩人のイプハーンが物語る

たて琴の音に合わせて物語る
聞く人よ、ここに集い給へ

われは想う

始成の紀より命編まれしわれらの中なる祖
アプスの胎の中に、われらは呼吸するを

始成の紀より時紡がれしわれらの天なる父

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