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小説『ヴァルキーザ』2章(2)

グラファーンのいる黄金の森マイオープは、「 カルシュニール」(大イチョウ)という巨木から成っていた。森の中、イチョウは高くそびえ立ち、その葉は広く、落ち葉でさえも光っているように見える。
そして木々の間を細かくうように通る小川のせせらぎ。川の透き通った清水。若い下草のむらがり。小鳥たちのさえずりが森に響きわたる。

そのような自然のなかで、グラファーンははぐくまれた。彼はフォロス族の中でも新興しんこうの名士の家の出身で、祖先はいにしえに尊い起源があり、父母ともに才能のある人であり、また有力な親戚しんせきたちがいた。

父アルビアスは、普段は大イチョウカルシュニールの、高所に生えている木の実を弓矢で採りに行き、母マックリュートは黄金麻こがねあまの麻糸を織って服を作り、それを人と物々交換して生計を立てていた。

家族はみな仕事に勤しんでいたので、家は常に富んでおり、立派な家屋に住んでいた。そして、人との交際も盛んで、常になにかしらの、他所よそからの客たちの出入りがあった。

年に二度の祭りの日には、グラファーン一家は親戚や知人たちを招いて集い、みなでにぎわうのが習わしだった。そういう時は、みなでともに食事をしたり、贈り物を交換したり、踊りを踊ったりした。

祭りの当日はいつも、マックリュートは自慢の料理である、夫が採ってきたカルシュニールの実で作ったパイを焼き、みなにふるまうのだ。アルビアスは陽気に歌いながら配膳をし、客たちのコップにエールを注いで、みなを楽しませる。
会食が始まると、アルビアスは、今度はナタ(フォロスが使う、バラライカのような弦楽器)を奏でながら歌い始め、客たちが喝采かっさいを送る。みんなが盛り上がるとそのかたわらで、マックリュートはひと息ついて、生まれて間もないグラファーンに乳をやっていた。

このように、グラファーンの出生後しばらくの日々は、黄金こがねが溶けるように流れていった。
自然と人々のすべてが調和した幸せのなかに、彼の生はあった。

そして、運命のその日が訪れた。


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